「すべて燃やせ。一つ残らずな」

キルシュの死体を見下ろしながら、ジンはウォッカにそう告げた。

「わかりやした。ジンの兄貴」

ジンがこの部屋から去ろうとした時、ウォッカが言った。

「それにしても何だったんですかね? あのシェリーに対する重要な情報って」

キルシュが言いかけた言葉について問いかけたウォッカにジンは答えた。

「くだらん。どうせたいした情報じゃないだろうさ。それに……」

ジンの脳裏に赤みがかった茶髪の白衣を着た女の姿がよぎった。

「それに……なんですかい? 兄貴」

「オレは行くぞ。後始末は任せる」

ジンはそれに答えずそう言い残すと部屋から立ち去った。

 

炎が全てを消し去るべく燃え上がった。


魔法少女 マジカル☆哀 魔法少女よ 永遠に!? エピローグ


「やられたわね」

哀はいましがた博士の家のリビングのTVで見たニュースを地下室で思い返していた。

『新エネルギー開発研究所、炎上!』

そんな見出しとともに新エネルギー開発研究所が激しい炎で燃え上がる様が報道されていた。

おそらく組織が証拠隠滅に乗り出したのだろう。
ニュースの中で顔写真とともに、その本名を告げ、キルシュが行方不明になっているとキャスターが言っていたが、おそらく組織に消されたに違いない。

「なんかすごい組織だな。哀が対決してる組織は」

「そうね。一筋縄ではいかないわ」

ヒョウちゃんの言葉に哀が真剣な顔でうなずく。

そこで哀はふと気づいてヒョウちゃんに言った。

「そういえば、あの魔法少女のブレスレットのこと頼んだわよ」

「わかった。その池田安次郎っておじいさんのお墓に入れておけばいいんだな。まあホントは回収しなきゃいけないけど、そういう事情ならしょうがないかな。
悪用されなければ別にいいだろうし」

哀は魔法少女のブレスレットを元の持ち主である池田安次郎の墓に入れることをヒョウちゃんに頼んでいた。

(これであのおじいさんも報われるかもね)

そんなことを哀が思っていると、ヒョウちゃんが感嘆したように哀に告げた。

「それにしてもすごいよなあ。哀は」

「何が?」

「あの電撃を食らってよく立ち上がれたよなあ、って話」

「ああ。あのキルシュとの戦闘の話ね。あれは……」

そう。あれは、自分でもよくわかっていない。

自分は一度あきらめようとした。自分などどうなろうと構わないと思った。

しかし、心の中で響いた二つの声が哀に力を与えた。

(オレ、そんなオメーのことけっこう好きになってきたんだぜ)

(灰原さん!! 大好き!!)

だから、自分は立ち上がれたのだった。

「あれは?」

「いいえ。別になんでもないわ」

あの二つの声が心の中で響いた時、哀は思ったのだった。

自分は存在していてもいいのかもしれない。自分は生きていてもいいのかもしれない。

自分は生き続けていいのかもしれない、と。

そんなことを哀が思っていると、ヒョウちゃんが聞いた。

「そういえば、哀。願い事はアレでいいのか?」

「願い事?」

「ああ。あの戦闘の中言った『絆(キズナ)を強くする』ってヤツでいいのか?」

そういえば全てのマジカルモンスターを回収して、魔法少女の騒動も終わったのだった。

当然、願いごとがかなえられるわけである。

「そうね。それでいいわ」

気負いもせずに哀が答える。ヒョウちゃんが言った。

「哀」

「何よ?」

「ありがとな」

そのしんみりとした口調のヒョウちゃんに、哀はそっけなく答えた。

「別にいいわよ。アナタとの騒動もけっこう楽しめたわよ」

「哀」

再び、ヒョウちゃんが哀の名前を呼ぶ。

「なに?」

パソコンに向かうべくあさっての方向を向きながら哀が答えた時、ヒョウちゃんが叫んだ。

「ごめん!!」

その言葉に振り返った時には、ヒョウちゃんが持った金色のハンマーが哀の頭に向かってくるところだった。

がっこーん!!

そんな間の抜けた音を聞きながら、哀は気を失った。

 

 

「………」

ヒョウちゃんがやや複雑そうな顔で気を失った哀を見下ろす。

「終わったか?」

「フェンバル」

突如、かけられた声にヒョウちゃんがそちらを向く。そこにはオオカミの妖精、フェンバルがいた。

「そっちは?」

「ああ。終わった。歩美の記憶も消してきた」

ヒョウちゃんの問いかけにフェンバルが淡々と答える。

魔法の国レインダムからヒョウちゃんとフェンバルは一つの命令を受けた。それは、魔法やマジカルモンスターに関するあらゆる記憶の全消去というものだった。

最後のマジカルモンスターを回収しだい、魔法やマジカルモンスターに関わった人物からそのことに関係する記憶を全て消去。
また、それらの証拠の隠滅を行う。そういう命令だった。

この世界への非干渉を主義としているレインダムならではの決定であった。

「くそっ。これでは、願いごとをエサにして歩美たちをただ働かせただけではないか!!」

真面目なフェンバルはレインダムの決定に憤慨しているようだった。

「ま、しょうがない、って」

ヒョウちゃんもレインダムの決定に関して思うところがなかったわけではないが、軽い調子でフェンバルにそう言った。

「哀」

ヒョウちゃんが気を失って倒れている哀を見下ろしながら言った。

「ごめんなー。これもレインダムの決定なんで」

そこで、ヒョウちゃんは、にかっと笑った。

「おわびに絆(キズナ)くらいは強くしてあげるぞ。どこまで効力が続くかはわからないけど、哀の願いどおりコナンとか歩美とか他の関わった人たちとの絆を強くする魔法をかけてあげるな」

そして、ヒョウちゃんはこう締めくくった。

「だから、コナンとの恋の縁結びに関しては、自分でなんとかするんだな」

ヒョウちゃんが哀に声をかけ終わったのを見計らってフェンバルが言った。

「よし、では移動するぞ」

「ああ」

ヒョウちゃんとフェンバルが瞬間移動する。

次の瞬間には、夜の米花町上空に二匹はいた。

フェンバルがヒョウちゃんにたずねる。

「コナンとあの平次という高校生の記憶はどうした?」

「ああ。コナンは事務所で、平次は帰りの新幹線の中でそれぞれ記憶を消してきたぞ」

「では、そのゴールデンハンマーの力を我々の魔力で増幅して、この世界全体に魔法とマジカルモンスターに関する記憶操作の魔法をかけるぞ」

「おっけー」

ヒョウちゃんが軽く言って、ゴールデンハンマーを取り出す。

金色のハンマーが宙に浮く。ヒョウちゃんとフェンバルがそれぞれ呪文を唱え始める。

金色のハンマーが光りだし、その光が徐々に強くなっていく。

「いっけー!!」

ヒョウちゃんが叫んだと同時に、金色のハンマーの光が一斉に全方向へと放たれる。

その放たれた光は、夜の闇に黄金の雨となって世界に降り注ぐ。

大地に、植物に、建物に、海に、ありとあらゆる場所に光の雨が落ちる。

やがて、その黄金の雨は消えて、世界は再び闇を取り戻した。

「よし、これでいいはずだな」

「ふー。終わったなあ。やっとレインダムに帰れるなあ」

ヒョウちゃんが感慨ぶかげにつぶやく。しかし、フェンバルはそれをたしなめた。

「何を言う。まだまだ仕事はあるぞ」

「えー」

「えー、ではない!! TV局にマジカルモンスター、ヒュドラの映像を撮られているだろう!! その証拠隠滅や、他にも後始末はあるぞ」

「はー。めんどくさいなあ」

「シーレスたちも手伝ってくれるからな。とにかくわたしは行くぞ」

めんどくさがるヒョウちゃんを放って、フェンバルが飛び出す。そのまま、あさっての方向へと去ってしまった。

ヒョウちゃんはそのまましばらくいたが、やがて、哀が今いる阿笠博士の家の方をちらりと見る。

「じゃあな。哀」

改めて、ヒョウちゃんは哀に別れを告げる。

「はっはっは!! さらばだあ!!」

明るく言うと、ヒョウちゃんもその場から去っていった。

 

 

翌日の日曜日の朝。哀は、博士の家のリビングに居た。

(それにしても、なぜ昨日はあの地下室で寝ていたのかしら)

哀は昨日地下室で寝ていたところを博士に一度起こされた。
そして、改めて寝室に移動して睡眠を取ったわけだが、なぜ地下室で寝ていたのか、その理由が哀には思い出せなかった。

そして、何かを忘れているような気がする。

そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。

阿笠博士は新発明に没頭していて奥にひっこんでいるので、哀が代わりに出る。

「はい。どちらさま」

「よう。灰原」

玄関先にいたのは、江戸川コナンだった。近くには、元太や光彦、歩美といったいつもの少年探偵団のメンバーがいる。

「ちょっと公園まで遊びに行かないか?」

コナンは哀にそう提案してきた。

 

 

哀はコナンたちと一緒に米花公園まで移動していた。

元太、光彦、歩美が3人で先を歩き、コナンと哀が後ろを歩く。

そんな中、コナンが哀に話しかけてきた。

「なあ、昨日のニュース見たか? 新エネルギー開発研究所、炎上だってよ」

「ええ」

哀も昨日、リビングで見て驚いたのだった。そのTVに現れた顔写真の女性が、黒の組織の研究者である「キルシュ」だったのだから。なんでも行方不明らしいが。

いくら自分とあまり接点がなかったとはいえ、黒の組織のコードネームを持っている研究者の研究所が炎上したことに哀はいやな予感を感じていた。

おそらく自分の関係ないところで何かあったのだろう。黒の組織がキルシュを切り捨てたということなのか。

「なんでも謎の炎上らしいな。やつらの手口っぽいけど、心当たりはあるか?」

哀は言うべきか、ためらった。その研究所の研究者が黒の組織の一員であったことを。

言ってしまえば、また黒の組織にコナンを深入りさせることになる。

それを避けたかった哀は、結局自分の中にそのことを押しとどめた。

「いいえ。心当たりはないわ」

「そうか」

哀の言葉にコナンは落ち着いた様子でそう答えた。

そんなやりとりをコナンとしていると、歩美がつぶやいた。

「昨日は、つまんなかったなあ」

「何かあったんですか? 歩美ちゃん」

光彦が興味を持ったのか歩美に聞く。歩美が答えた。

「昨日、熱出しちゃって、一日中ベッドで寝ていたの。ほんとにつまんなかったんだよ」

その言葉を聞いて、哀はなぜか疑問の衝動に駆られて思わず歩美に聞いていた。

「歩美!! ホント!? 本当に!?」

哀のその鬼気迫る表情に驚きながらも歩美が答える。

「う、うん。そうだよ。哀ちゃん」

「誘拐されたとかそういうことでなくて!?」

「な、何言ってるの? 哀ちゃん。昨日はベッドで寝ていたし、お母さんも熱を出した歩美のこと一日中心配していたんだよ」

とまどいの顔で歩美が言った。コナンたちも哀の豹変に驚きの表情を見せている。

「どうしたんだよ。灰原。歩美ちゃんが誘拐されただって? そんなことあるわけねーだろ?」

「そう……よね」

コナンの困惑ぎみの言葉に哀が答える。哀は自分でも不思議だった。

それにしても、なぜ自分は歩美が誘拐されたなんて考えが出てきたのだろう。

なぜか歩美の言った言葉に強烈な違和感を感じて、その衝動のままに動いてしまったが、歩美が誘拐されたなどあるはずがない。

哀が押し黙り、自分の不思議な思考について考え込んでいると、光彦が言った。

「それにしても、灰原さん。今、歩美ちゃんのこと『歩美』って呼んでましたね」

「おう。それに歩美も灰原のことを『哀ちゃん』って呼んでたぞ」

光彦の指摘に元太も応じる。哀は、ハッとした。

「なんかあったんですか? 二人とも」

哀と歩美は顔を見合わせた。

(そういえば、なぜかしら?)

たしか今までは、吉田さんだった気がする。なのになぜ、自分は歩美と呼んでいるのだろう。

見れば、歩美も何やら首をかしげて不思議がっているようだった。

だが、やがて歩美は気を取り直したのか哀たちに言ってきた。

「そんなことどうでもいいよ! それより、早く公園に遊びに行こ!」

「そうですね」

「おう!!」

「そうだな」

光彦、元太、コナンが応じる。歩美が先に走り出し、光彦、元太がそれに続く。

「オレたちも行くぞ」

コナンが哀に手を差し出してくる。

(まあいいか)

哀は思った。呼び名などたいしたことではないだろう。今はそれよりこの4人と遊ぶ方が先決かもしれない。

「そうね」

哀はその手を取り、コナンと一緒に前の3人を追った。

 

 

同時刻、黒のポルシェ356Aが米花町の道路を走っていた。

「ということで、後始末は全部終わりやした。ジンの兄貴」

「わかった」

助手席にいるウォッカの報告をジンは車を走らせながら聞いていた。

キルシュ、および、キルシュの研究所の証拠隠滅。その結果報告をジンは黙って聞いていた。

「まったく警察にマークされるとは、キルシュも馬鹿な女だ」

「それにしても何者なんですかね。キルシュの研究所に侵入したヤカラは」

キルシュの研究所に何者かが侵入。爆弾も使った荒っぽい手口を使ったその何者かは、その場にいた警備の黒服たちも倒して研究所に侵入。

その侵入者は、キルシュの自室まで押し入り何やら色々と奪っていき、そして逃走した。

そういうことらしい。

その結果、キルシュは警察にマークされたので組織は証拠隠滅を決定。現在に至る、というわけである。

「なぜか監視カメラには、その侵入者は映っていなかったらしいですし、奪ったのもそのキルシュが研究していた、その……」

「ふん。魔法のアイテムとかいうやつか」

「そうです。組織の重要なデータには一切触れなかったという話で」

ウォッカが困惑気味にジンに伝える。

「まあいい。いずれその何者かには、今回のツケを払わせてやるさ」

ジンは不敵な笑みを見せると、タバコに火をつけた。

 

 

歩美が公園に向かって、先を走る。その後を光彦が追い、元太がその後をついていく。

そして、コナンと哀が手をつなぎながら後を追いかける。

そう。いずれ哀とコナンは黒の組織と決着をつける。その時二人は元の高校生くらいの姿に戻るだろう。

そうなれば、この関係はいったん終わってしまう。それは避けられないことだろう。

しかし、築いた絆(キズナ)はなくならない。

そして、改めて元の姿で哀とコナンが、新一と志保として彼らと絆を作ることもできるかもしれない。

そこにヒョウちゃんの魔法もきっと関わってくるはずだ。

この絆はなくならない。

そして、これからも続いていくだろう。きっと。

 


魔法少女マジカル☆哀 終わり


 

それは、もしかしたらいつかどこか別の場所で。

「あっはっは!! また逃がしてしまうとはなあ。なんで魔法少女になってもらうぞ!!」

小さな黒ネコのような生き物が宙に浮きながらあっけらかんと少女に言った。

「な、なに? なんなのこれーーーーー!!」

少女は起き上がったベッドの上で黒ネコのような生き物を見つめて叫んだのだった。

 

 

次の魔法少女シリーズに続く?

(続きません)


あとがき

こうして魔法少女マジカル☆哀は終わりました。

哀たちはいつもの日常に戻っていきました。

それでは、謝辞を。

あっきーさん。このマジカル☆哀の小説をアップしてくれてどうもありがとうございました。なんだかんだでこの小説が完結したのもあっきーさんのおかげです。
また、マジカル☆哀やプリティ♪歩美といったイラストも描いていただき本当に感謝しております。

読者のみなさま。この小説を読んでいただきありがとうございました。最初の1話から完結するまで16年という年月がかかりましたが、辛抱強く待ってくれた方も中にはいることでしょう。
アップするペースが早い方ではなかったので申し訳なかったですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

それでは、今後の予定を少し。

とりあえず、今後の予定としては魔法少女マジカル☆哀の初期の話の修正を行う予定でいます。

描写の設定の食い違いや、他にも気になるところを修正しますが、そこまで大幅な修正は行わない予定です。

まあ修正した話は別に読んでも読まなくてもけっこうです。本筋が変わることはないので。

と、いったところであとがきは終了です。

それでは改めて本当にどうもありがとうございました。

by 探偵k



探偵k様
おもいきり長い間楽しませていただきました。本当にお疲れ様でした。
なんといっていいのやら・・・・すごくしっくり終わったのにもう終わってしまったのかという寂しさという感じで今、マジカル哀ロスの私です(><。
16年かあ・・・・そりゃ歳もとるわけだな(待て)
しかし本編コナンも恐ろしく長いし実際終わっちゃうと寂しすぎるんだろなあと思ったりしてます。
そして私の方こそアップするペースがバラバラになってしまい申し訳ないくらいです。
初期の話の修正も了解です!!その際にどこかでイラストもアップしたいです!!←なんだかんだとイラストも早く描きたい!!
それから今後の探偵k様の活躍もとっても楽しみにしています!!!! by akkiy