■ カードキャプターさくら 第3のカード編 ■
作:雅波瑠 様



第3章


 『鋼』のカードの封印は完了した。だが、それで終わったわけではなかった。

 さくらが『鋼』のカードを封印したことで、金属化された人達も元に戻っていると思われるのだが、その中には祐一の両親もいるのだ。

だが祐一は今、小狼の家にいるため、両親が目を覚ましたときにそこに幼い息子がいないことになる。
当然大騒ぎになるだろう。

 騒ぎを最小限に抑えるため、一刻も早く祐一を両親の元へ連れて行く必要があるのだ。
そのため、さくら、小狼、ケルベロス(仮)、月(ユエ)は、まず小狼の家へ向かうことした。


ところが…


ケルベロス(仮)「な、なんや?体が…」
小狼「動かない」
さくら「何、この光?」
月(ユエ)「うっ」

突然、4人の体が謎の光に包まれ、動けなくなってしまったのだ。
光は瞬く間に強くなり、4人の姿は上空へと消えていった。


そして…


ケルベロス(仮)「こ、ここは」
さくら「わたしの部屋?」

気づいた時には、さくらとケルベロスは、さくらの部屋のベッドの上にいた。
魔法で精巧に作られた偽物でも幻覚でもなく、正真正銘さくらの家のさくらの部屋だ。

すでに夜は明けており、時計の針は午前7時を指している。


さくら「私達、家に帰ってきちゃったの?」
ケルベロス(仮)「・・・そうみたいやな。」
さくら「でも、どうして?カードはもう封印したのに。」
ケルベロス(仮)「多分今のはカードの仕業やない。気配が違たからな。誰か別の奴の仕業や。」
さくら「別の?誰の?」
ケルベロス(仮)「誰かはわからん。けど、クロウによう似た気配の持ち主やった。
魔力の強さもそう変わらんかもしれん。それだけやない。
『鋼』のカードに攻撃しようとしたワイと月(ユエ)の魔力を封じたんも、さくらが学校に到着してからカードを変え終わるまでの間
『鋼』のカードを足止めし取ったんも恐らくおんなじ奴や。」

さくら「でも、前にケロちゃん言ったじゃない。ケロちゃんたちを抑えられるのは私とクロウさんだけだって…」
ケルベロス(仮)「ああ。2人の他にはおらんはずや。さくらと、クロウの生まれ変わりであるエリオル以外には・・・
そういえばエリオルはまだ日本に着かへんのか?」

???「エリオルは来ませんよ。」
ケルベロスの質問に答えたのはさくらではなかった。


さくら「だ、誰?」
2人のほかには誰もいないはずの部屋の中から声がしたので、さくらは慌ててあたりを見回した。

ケルベロスは急いでぬいぐるみの振りをする。


???「私です。」
窓の桟のところに黒猫が姿をあらわした。

さくら「スピネルさん!!」
ケルベロス(仮)「スッピー!!」
スピネル(仮)はフワリと宙に浮かび、2人の傍に降りてきた。

スピネル(仮)「お邪魔してます。」
ケルベロス(仮)「エリオルが来んてどういうことや?こっちに向かってたんとちゃうんか?
それにエリオルが来とらへんのやったら、スッピーはどうやって日本まで来たんや?」
スピネル(仮)「それは・・・」
スピネルはゆっくりと語り始めた。エリオルやスピネルたちに起こった出来事を・・・



スピネル(仮)「今回は、エリオルと私だけで日本に向かっていました。尤も、私はエリオルのバッグの中でしたが・・・。
日本まであと8時間となった頃、突然、謎のカードに飛行機が襲われたのです。そいつは飛行機を丸ごと飲み込もうとしました。
気配はクロウカードに似ていました。ほら、エリオルが電話を切るときに、気流が乱れてきたようだといいましたね。
あれがカードに飲み込まれかけたときの衝撃だったのです。とりあえずエリオルが魔法を使って飛行機が飲み込まれるのは阻止しましたが。」

ケルベロス(仮)「ちょ、ちょー待て、乗客の目の前で魔法を使たんか?」
スピネル(仮)「ええ。そうしなければ乗客全員がカードに取り込まれていましたからね。
それにエリオルならあとで乗客全員の記憶を消すくらい訳ないですし。」

ケルベロス(仮)「それもそうやな。で?そのカードはどないしたんや?エリオルが封印したんか?」
スピネル(仮)「いえ・・・エリオルはカードに取り込まれてしまいました。」
ケルベロス(仮)「なんやて?んなあほな!!あいつはクロウの生まれ変わりやで、クロウがカードに負けるやなんて、あるはずがない!!」

スピネル(仮)「ええ。私が見る限りでは、エリオルは自分からカードに取り込まれたようでした。
取り込まれる寸前に乗客の記憶を消す余裕をみせていましたから。そしてエリオルを取り込んだとたん、カードはどこかに姿を消しました。」

ケルベロス(仮)「でもなんでや?なんでわざわざ自分から取り込まれる必要があんねん?」
スピネル(仮)「私にも分かりません。」
さくら「エリオル君・・・」

スピネル(仮)「心配はないでしょう。エリオルなら用が済めば自分から帰ってくるでしょうから。」
ケルベロス(仮)「ま、それもそうやな。って、大変やさくら!!カード封印してからもう7時間も経ってる!!
わいらが気ぃついたんがさっきやから、小僧が気ぃついたんも多分今頃や!!早よ祐一を両親とこに連れていかな!!」
さくら「そうだった。祐一君のお父さんとお母さん、きっと心配してるよ。」

さくらは急いで服を着替え、ポシェットにカードを詰め込み、そのポシェットにケルベロス(仮)も潜り込み、さくらはそれを持って1階へと駆け下りていった。
ケルベロス(仮)「スッピー、留守番たのむで!!」
スピネル(仮)「わかりました。」

すばやく階段を駆け下りたさくらは、台所で朝食の準備をしている桃矢に気づかれないよう声も掛けず、足音も立てずにそ〜っと台所の前を通過し、静かに玄関から外に出た。

ケルベロス(仮)「とにかく急ぐんや!!まずは小僧んとこや!!」
さくら「小僧じゃないよ小狼君!!」
ケルベロス(仮)「小僧で十分や」
さくら「だめ。小狼君は小狼君だよ。」
と、さくらは、ポシェットの中のケルベロスと言い合いをしながらも、まっすぐ小狼のマンションへと走っていった。

そして一つ目の曲がり角を曲がる。


小狼「何だ?」
するとそこには小狼が、知世と一緒に立っていた。

さくら「ほえええ・・・しゃ、小狼君!!」
突然の事で、さくらは飛び上がった。

知世「おはようございます。」
さくら「知世ちゃんも・・・どうしてここに?」
小狼「気がついたら、俺一人で自分の家に帰っていた。だから、さくら達がどうなったのか確認しようと思って来た。」
知世「私もですわ。友枝遊園にいたはずなのに、気がついたら家に帰っていました。」

さくら「え?知世ちゃんも?」
知世「はい。」

さくら「じゃあ千春ちゃんたちや他の人たちは・・・」
小狼「ああ。山崎も三原も柳沢も佐々木も無事だ。来る途中で会った。」
知世「でも、千春ちゃん達に確認しても昨日のことは憶えていらっしゃらないと思いますわ。」
さくら「どうして?」
知世「私も昨日のことを全く思い出せないからですわ。このビデオがなければ、こうしてさくらちゃんを尋ねることもなかったはずです。」
そういうと知世はデジタルビデオを取り出し、録画した映像をその液晶画面で再生し、さくら達に見せた。

そこには、さくらたちが遊園地のレストランに到着した辺りからの映像が映し出されていた。
やがてさくらが席を外し、そして数分後、突然銀色の光が差し込み、窓際にいた人が鋼鉄像になり、その後再び銀色の光が差し込んだところで映像は終わっていた。

知世「一体、昨日友枝遊園で何があったのですか?」
さくら「それは・・・」
隠し通せないと判断したさくらは、全てを話した。METALのカードのことも、杖を折られたことも、そして杖が新しくなったことも、
そのおかげで何とか封印できたことも。

それを聞いた知世は、心の底から残念という顔をし、言った。

知世「そ、そんな・・・さくらちゃんが杖を新しくするなんて、そんな大事な瞬間を撮り逃してしまったなんて・・・大道寺知世一生の不覚ですわ〜」
さくら「と、知世ちゃん」
知世「せめて、そのカードを使用する所を撮影させてくださいませんか!?」

ウルウル瞳で、知世はさくらに擦り寄った。
その気迫に半ば飲み込まれ、さくらは

さくら「う、うん・・・。」
と返事をしてしまった。

次の瞬間、知世の顔が太陽のように明るく輝いたのは言うまでもない。


さくら「小狼君はどうだったの?」
小狼「俺も気づいたらベッドの上だった。けど、大道寺たちとは違って昨日のことは覚えている。それから、朝起きた時には祐一がいなくなっていた。」
さくら「祐一君が?」
小狼「ああ。」
ケルベロス(仮)「そうか・・・おそらく、あのカードにかかわった全員が、強制的に家に送り返されて眠らされたんや。
ワイもさくらもそうやったからな。祐一も今頃は家に帰ってるはずや。」
ケルベロス(仮)もポシェットの中から会話に参加してきた。

さくら「でも、もし違っていたら。」
小狼「今頃大騒ぎだろうな。」
知世「それでは急いで行かなければ。」

しかし、誰も祐一の家を知らない。そこでとりあえず祐一に出会った場所――友枝遊園に向かうことにした。
道すがら、知世に祐一のことを説明しながら・・・




友枝遊園に到着したが、遊園地は閉まっており、中には誰もいなかった。特に大騒ぎになっている様子もない。

さくら「やっぱり、みんな家に帰ってるのかな?」
小狼「多分な。」
ちょうどその時、遊園地の前に、一人の少年が走って現れた。

祐一「お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!」
小狼「え?」
少年は息をはずませ、紙袋を両腕で大事そうに抱えている。

小狼「ゆ、祐一…」
祐一「会えてよかった〜。お兄ちゃん家に行こうとしたんだけど場所わからなくて、それでここに来てみたんだ。
でもびっくりしちゃった。お兄ちゃんの家に泊まったはずなのに起きたら自分の部屋だったんだもん。
だから昨日のこと全部夢かと思ったんだけど、“この服”を着てたから、やっぱり夢じゃないってわかったんだ。」
そういって、祐一は紙袋にきちんと畳んで入れられた服を見みせた。それは昨夜、小狼が祐一に貸した服だった。

小狼「そうか、これを返しに…」
祐一「うん!!でもごめんなさい。洗ってないんだ・・・」
小狼「かまわない。」
小狼はにっこり笑いながら、祐一が持ってきた袋を受け取った。その瞬間、今祐一が言った言葉に重要な事実が含まれていたことに気づいた。

小狼「お前、昨日のこと憶えているのか?」
祐一「うん。憶えているよ。」
その質問に祐一が不思議そうな顔をしたので、小狼はあわてて付け加えた。

小狼「あ、いや、別になんでもないんだ…そうだ。お前の服、うちに来たらすぐ渡せるぞ。時間あるか?」
祐一「うん。」
さくら「私も行く!!」
知世「それでは私も。」

さくら「そういえば祐一君、お父さんとお母さんは?」
祐一「パパもママも帰ってたよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが魔法でパパとママを助けてくれたんでしょ?ありがとう。」
小狼「あ、いや…」

そして彼らは道中、他愛もない話や、祐一と知世の自己紹介などで盛り上がりながら、小狼のマンションが見える位置まで歩いていった。
祐一「あ、お兄ちゃんの家、見えたよ!!」
さくら「ほんとだ!!じゃあもうすぐだね。」
小狼「ああ。」


しかし・・・



ゴゴゴゴゴゴゴ・・・



突然、まるで地震のような地鳴りが辺りに響き渡った。しかし、音だけで全く揺れてはいない。

間髪を容れず魔力の気配が放射された。
さくらと小狼とケルベロス(仮)は素早くその気配を察知した。

さくら「この気配・・・」
小狼「また、あのカードだ。」

音がやんだ。
さらにその直後、今度は祐一がとんでもない事を発見し、その方向を指差しながら叫んだ。

祐一「お兄ちゃんの家が!!」
小狼のマンションのマンションの高さがどんどん低くなっていた。

さくら「どうなってるの?」
さくらは不安な表情で、小狼達の方へ向き直った。それとは対照的に、知世はビデオを回しながら冷静にその現象を分析する。
知世「まるで建物が地面の中に吸い込まれているようですわ。」
小狼「クッ!!」
さくら「小狼君!!」
小狼は、弾かれたように自分の日本での家に向かって走っていった。信号や自動車等に注意しながら一直線に・・・

そしてマンションを取り囲んでいる人垣を掻き分けながら最前列へ進んでいった。
そこで見えたものは・・・

どろどろに変化した地面と、そこに沈んでいくマンションだった。

マンションはすでに2階部分までが地面に沈んでおり、今もゆっくりとしたスピードで沈下を続けていた。



 マンションを取り囲んでいるのは単なる野次馬達だけではなく、このマンションの住人やマンションに家族や知人をもつ人たちも混じっていた。
彼らはたまたま外にいたためにマンションと運命を共にすることだけは避けられたのだが、顔面蒼白になって家族や知人の安否を気遣い、
マンションに向かってその名前を叫んでいた。

 逆にマンションに取り残されている人々もいた。そのほとんどが玄関前の廊下やベランダに出て、または開け放した窓から助けを求め、悲鳴を上げている。
彼らは誰一人そこから逃げようとはしなかった。なぜなら、すでに脱出を試みた何人かの住民が地面に沈んでいったのを目の当たりにした後だからだ。

 彼らには、マンションと運命を共にする以外、道がなかったのだ。


取り残された者の中に、小狼の知っている顔もあった。偉だ。
偉は、小狼の部屋の前の通路に出てきており、全く取り乱す事無く冷静に辺りを見回していた。
そして小狼に気づくと、彼はただニッコリと微笑んだ。

小狼「偉ッ!!」
小狼は叫んだ。しかし偉は笑みを浮かべたまま首をゆっくり左右に振るだけだった。

偉(小狼様がご無事で安心いたしました・・・どうぞ偉にかまわず、お逃げください。)
とでも言うかのように・・・


マンションの沈降速度は加速度的に上がり、すでに地面は偉の足元ギリギリまで迫っていた。

小狼「偉ッ!!」
再び小狼が叫ぶ。だがその直後、偉の姿は地中へと消えていった。

そして、数秒後、マンションも完全に沈没した。


それで終わりではなかった。

その直後、泥沼に変化した部分が、突然ものすごいスピードで外側に拡大していったのだ。

野次馬達は逃げる間もなく地中へと消えていった。最前列にいた小狼も、そして近くにあったいくつかの建物も・・・
さらに、泥沼はさくらたち3人+1匹にも襲いかかった。

ケルベロス(仮)「あかん!!」

素早く危険を察知したケルベロスは、3人を救出しようと、とっさにポシェットから飛び出して真の姿に戻ったのだが、
時既に遅く、3人とも既に地中へと沈んでいった後だった。


ケルベロス(真)の眼下には、巨大な泥沼が広がっている。


それは見る見るうちに拡大し、半径100メートルを超えた。


ケルベロスは迷わずその泥沼に飛び込んでいった。








そこは奇妙な空間だった。


一面の泥の中を人や建物や自動車やゴミ、いろいろなものが漂っている。
それらは下へ下へとゆっくり動いていた。

さらに泥の中なのに呼吸ができる。

ケルベロス(真)も下への流れに捕まり、沈んでいった。
沈んでいけば行くほど、泥の色は薄まり土色から半透明に変化した。


やがて、先に沈んでいったさくらたちが小狼と合流するのを見た。
ケルベロス(真)は、大声で4人に向かって呼びかけた。

ケルベロス(真)「だ、大丈夫か!?」

さくら「ケロちゃん!!知世ちゃんと祐一君を!!」
ケルベロスは、知世と祐一を背にのせるため、急降下した。

知世「ありがとうございます。」
知世は素直にケルベロスの背に乗り移ったのだが。しかし、

祐一「うわあああぁぁぁ・・・!」
祐一は、ケルベロス(真)が近づいていくと悲鳴を上げた。

ケルベロスを見るのは初めてのため、恐怖とパニックに陥って悲鳴を上げていると思われたが・・・
ケルベロス(真)「だ、大丈夫や。落ち着け!!」
祐一「カッコいい!!」
・・・実際は、目をキラキラさせながら歓声を上げてはしゃいでいたのだった。

ズコッ!
と、ケルベロス(真)は最初はずっこけた。が、
ケルベロス(真)「ほ、ほんまか?わい、そんなにかっこええか?」
祐一「うん!すっごくカッコいいよ!!!」
ケルベロスは面と向かってカッコいいと言われたのは初めてなのだ。

祐一のその言葉でケルベロス(真)のテンションはグングン上昇した。
祐一は、ケルベロスをペタペタなで回しながら

ケルベロス(真)「そやろ!そやろ!!わい、めっちゃかっこいいやろ!!」
調子に乗ったケルベロス(真)は、いろいろなポーズをとったり、羽を開いたり閉じたり急上昇したり急降下したりしながらかっこよさをアピールし始めた。
祐一「すごーい・・・うわー・・・かっこいい」

さらに調子に乗ったケルベロス(真)は、さくらと知世のことをすっかり忘れて宙返りをしはじめた。
祐一「うわぁ・・・」
ケルベロス(真)「どや?気持ちええか?」
祐一「うん、最高!!」

さくら「ちょ、ちょっとケロちゃん!!」
知世「落ちてしまいますわ〜」
ケルベロス(真)「あ。すまん。」
われに返ったケルベロスはその場でピタッと急停止した。

小狼「ったく、何をやってるんだ・・・」





さくら「これは一体何なの?」
ケルベロス(真)「わからん。だが例の『鋼』のカードとおんなじ種類のカードやっちゅうことは確かや。気配が同じやからな。」
知世「まるで、街が地面に吸い込まれているようですわ。」
祐一「底なし沼みたい。」

ケルベロス(真)「恐らくこのカードは物を沈めるカードや!!」
さくら「物を沈める?」
知世「『沈(SINK/シンク)』といったところでしょうか。」
ケルベロス(真)「ああ、たぶんそんな名前やろ。」
さくら「『沈』・・・それなら」

さくらはある事を思いつき、魔法の杖を発動させた。

さくら「星の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ!!契約の元、さくらが命じる!!封印解除!!」
さくら『浮(FLOAT/フロート)!!』

“沈める力”に対抗するため、さくらは正反対の力を持つ『浮』のカードを発動させたのだ。
だが、そのカードは、沈み続けている街を浮き上がらせるどころか制止させることすらできず、ただ沈降速度を落としただけに留まった。
さくらは戸惑い、つぶやいた。

さくら「どうして・・・」

ケルベロスはそれに対して静かにゆっくりと答えた。
ケルベロス(真)「今、街を沈め続けとる『沈』と、『浮』のカードは全く正反対の力をもっとるから、互いに相手の力を打ち消すんや。
沈む力と浮く力が全く同じ強さやったら、物は浮きもせず沈みもせず、その場に留まる。
そしてこの手のカードの強さは、主の力の強さによって決まるんや。わいが見たところ、さくらの力の方が僅かに弱い。
せやから沈む力が僅かに残ってしまうんや。」

さくら「それなら」

さくら『砂(SAND/サンド)!』
さくらはあきらめず、次のカードを使用した。
カードの光を浴びた部分の泥が砂に変化していったが、その砂も沈降力を持っていた。
つまり底なし沼からアリ地獄に変わっただけである。

そんな中、
祐一「お兄ちゃん、あれ!!」
さくら「あ、あれは・・・小狼君のマンション」
祐一が発見したのは、泥の中に横たわるマンションだった。

小狼「偉!!」

小狼は偉を探すため急いでマンションに近づいた。
だが、マンションには既に一人も残っていなかった。
偉を探すのに夢中になっていた小狼は、背後から近づいてくるものに気づかなかった。
一番最初にそれに気づいたのは、祐一だった。

祐一「お兄ちゃん、うしろ!!」
祐一の掛け声で小狼もようやくそれに気づいたが、その時にはもう、それは小狼のすぐ傍にまで迫っていた。
そして避ける間もなく、小狼の背中に激突した。

小狼「うわぁぁっ!」
泥の中にもかかわらず、小狼は激しく飛ばされてた。その衝撃で小狼は持っていた4種の護符のうち、2枚を失ってしまった。


さくら「小狼君!!」
知世「あれは一体?」
祐一「クジラ?」

小狼に衝突したものは、クジラに似ていた。大型海棲哺乳類か大型魚を思わせる姿のそれは、その後も悠々と辺りを泳ぎ回っている。

ケルベロス(真)「そいつがカードの本体や!!」
確かに、よく見ると『凍』の本体にも似ている。

『沈』の本体が水平方向に泳ぎ回っている間は特に何も起こらなかった。
しかし、『沈』が急降下を始めたとたん、辺りの泥もそれに引きずられるように勢いよく沈んでいった。

急激な沈降により、さくら達は大きくバランスを崩してしまった。
すると『沈』は方向を変え、今度は急上昇を開始した。

その進行方向の先は、ちょうどさくらがいる場所だった。
ケルベロス(真)「さくら!!」

『沈』の動きが下降から上昇に変わったと同時に沈む力は弱まったが、『沈』の下降の際にバランスを崩されていたさくらには、
下から迫ってくる『沈』をかわす事は難しそうだった。

そこでさくらはとっさにカードを使用した。



さくら『風(WINDY/ウィンディ)』

ジュッ!

だが周りに空気が無いため、風はおこらなかった。




小狼「雷帝招来!!」
『沈』がさくらの元に到達する直前、小狼が発射した電撃が『沈』に直撃し、その軌道をそらした。

さくら(小狼君・・・)
自分を助けてくれた小狼に感謝しつつ、さくらはどうすれば『沈』を封印できるのか考えていた。

『風』は、周囲に空気がないために使えなかった。おそらくこの空間ないでは空気を必要とするカードは使えないのだろう。
空気が必要なく、且つ『沈』を捕まえることのできそうなカードはあるのだろうか・・・

一方、小狼もどうすれば『沈』を捕まえられるのか分からず、途方に暮れていた。
小狼に残された護符は『雷帝』と『水龍』の2枚。そして『雷帝』は『沈』の軌道を変えることはできたがダメージは与えられなかった。
残るは『水龍』のカードだけなのである。

だが水はこの空間内に最初から存在する。効果は期待できそうになかった。

2人が思い悩んでいる間に『沈』は再びさくらめがけて急降下を始めていた。
再びバランスを崩されたさくらたち。どうやら『沈』が降下するときに、沈降力が増加するようだ。

さくらは上下逆さまの状態で、考えつくカードを次々と発動していった。

しかし『沈』は、『樹(WOOD/ウッド)』によって作成された枝の網を突き破り、『撃(SHOT/ショット)!』によって腹に大穴を開けられても
『剣(SWORD/ソード)!』で真っ二つに切り裂かれても直ぐに再生し迫ってきた。

もう『沈』はさくらの目前にいる。

小狼「雷帝招来!!」

さくらを救ったのは、またしても小狼だった。

だが3度目はもうないだろう。一度ならず二度までも邪魔をされた『沈』が怒り、標的を変更したからだ。
『沈』は、『雷帝』により軌道を変えられた後、すぐに自らの進路を変更した。さらに下に、小狼のいる方向へ。

2秒もしないうちに『沈』は小狼に真上から巨大な口で噛みつき、そのままさらに降下を続けた。
その速度は――泥の抵抗のため自由落下には及ばないが――重力加速度によってものすごいスピードになっていた。

さくらも直ぐに後を追ったのだが、加速度が同じ(重力加速度)な上、さくらの方が上の方から、しかも遅れてスタートしたため、
両者の距離は縮まるどころか開いていくばかりだった。

『沈』がどこまで沈んでいけるのかは分からない。見たところ地殻の中は自由に沈んでいきそうだが、
もしマントルやコアまで沈んでいけたとしたら・・・

仮に地殻の中限定だとしても、マントルに近いところではその温度は800℃に達する。

そこまで連れて行かれたら小狼は確実に死ぬ。だから何としてもそれまでに逃げなければならない。
だが、巨大な口でほぼ全身をガブリと噛み付かれている状態から抜け出す方法など、しかも護符のうち2枚を失った状態では皆無に等しかった。
だが、このまま何もしないわけにはいかない。

小狼は、最後の抵抗を試みた。

小狼「雷帝招来!!」

これまでと違って至近距離、それどころか『沈』に護符を密着させての電撃だったが、やはりダメージを与えることはできなかった。
つづいて今度は、剣で直接切り付けてみたのだが、やはりすぐに再生してしまい効果がない。
まあ、『剣(ソード)』で真っ二つに切り裂かれても再生したのだから当然の事なのだが・・・

しかしこれで小狼に残された手段はあとひとつ・・・それも効果はあまり望めない。
とはいえ、このままやられるわけにもいかない。

小狼「水龍招来!!」

護符から水が激しく噴き出した。
それは縦横無尽に広がり、その多くが周辺の泥に吸収された。
水を吸収した泥は粘度を下げ、“もがけばもがくほど沈んでいく”という作用を失っていった。
また、水は直接『沈』にも直撃し、その瞬間『沈』は怯み、小狼を取り落とした。

その後もしばらく『沈』はその場でもがき苦しんた。


小狼「水龍招来!!」

小狼は、今度は真下に向けて水を撃ち、自分の身にかかっていた加速度を打ち消し、停止した。

小狼が何とか態勢を立て直して上に向き直った時には、『沈』はすでに落ち着きを取り戻し、周囲の泥も元の底無し沼状態に戻っていた。

その上に、小狼を追って降下を続けるさくらの姿も見える。小狼は叫んだ。

小狼「さくら、『水/ウォーティ』だ!!」
さくら「『水』?」
小狼「そうだ。そいつの弱点は水だ!!」

その言葉を聞くと同時にさくらはすぐに杖を構えた。
さくら『水(WATERY/ウォーティ)!!』『雨(RAIN/レイン)』

杖先のカードから大量の水が噴き出し、四散した。

それを浴び、『沈』は激しくのたうちまわった。

小狼「水龍招来!!」
さらに逆方向から小狼の水龍も襲いかかる。

『沈』のカードは上下からの水攻撃にさらに苦しみ、やがてその動きを停めた。
封印するタイミングは今!!と判断したさくらは、ちょうど発動が終わった『水』『雨』を回収し、『沈』の封印を開始した。
ほぼ同時に小狼の『水龍』の効果も終了した。

さくら「汝の在るべき姿に戻れ!!ハーディ・カード!!」

封印の杖をかざされた『沈』は白く光り輝き、だんだん四角く小さくなっていった。

だが、あと少しで完全にカードに戻るはずだったた『沈』は、突然力を取り戻し、元の大型魚の姿に戻ってしまった。
“水”の効果が切れてからの僅かな時間で泥の水分が元に戻ってしまったのだ。

さくら「そんな・・・」
小狼「なんて回復力だ・・・」
2人は、その光景をただ呆然と見ることしかできなかった。これが最後の、おそらく唯一の手段だったからだ。

『沈』は一声嘶き、沈下を開始した。
その沈降力はさくら達だけでなく、この空間に捕われたもの全てに及んだ。

下へ下へ

全てが地球の中心にむかって沈んでいく。
それと同時にあたりの温度も上がっていった。

暑い。

地殻の下層に入ったのか尋常ではない暑さだ。
さくらも、その回りにいた者達も暑さに苦しんでいる。
さくら「知世ちゃん、小狼くん、ケロちゃん、祐一君」
まわりの皆は次々と意識を失っていった。気がつけば、魔力をもつさくらとケルベロスと小狼以外全員気絶していた。
それだけではすまなかった。
知世の服に火がついたのだ。

さくら「知世ちゃん!!」

まだ小さな種火で、半袖の肩の辺りがチロチロくすぶっている程度だ。
皮膚までは達していない。
だが、このままでは火は大きくなり、最悪の事態も起こりうるだろう。

さくら「このままじゃ、知世ちゃんが・・・みんなが・・・」

そんなのやだ!!とさくらが心の中で強く念じたとき、さくらの全身が桜色の光に包まれた。
そして1枚のカードが、自分を使ってくれとばかりにポシェットから飛び出し、さくらの前に浮遊し回転した。


さくらはおもむろにそのカードを手に取り、杖を掲げ、唱えた。

さくら『希望(HOPE/ホープ)!!』

発動した『希望』のカードからまばゆい黄金の光があふれ出す。しかしその光は周りに放射状に広がることなく、下へと降りていった。
そして封印の杖を包み込み・・・

光が収まったとき、そこにはあの黄金の杖が完成していた。

さくらは、再び『水』のカードを手に持ち、唱えた。
さくら「『水』の名を与えられしカードよ、真の力を解き放ち生まれ変われ!!汝、新たなる名は…」

さくら『海(MARINE/マリン)!!』

『海』のカードから水が大量に噴き出した。それこそ『水』のカード等とは比べものにならないくらいの量だ。
海の面積は地表の7割をしめる。さすがにそれを一気に満たしてしまうほどの水量ではないが、数分で日本海を満たす程度の水は出ていた。
そして『海』の発動が終わると同時に、さくらは封印に取りかかった。

さくら「汝の在るべき姿に戻れ!!ハーディ・カード!!」

放出された水量のケタが違ったため、さすがに封印完了までの時間で元の水分量に戻すことはできなかったのだろう。
『沈』は完全に封印された。

地中に引きずり込まれた物・人は直ぐに地上に帰され、すぐに街は元にもどった。



数分後、さくら達はマンションから少し離れた公園に移動していた。
マスコミ等に先ほどのことを色々聞かれたりするのを避けるため、小狼のマンションによってすぐにいどうしたのだ。
ちなみにケルベロスは地上に出る直前に仮の姿に戻っていた。

小狼「お前の服だ。」
小狼は、祐一が前の日に着ていた服を入れた袋を祐一に手渡した
服はきれいに洗濯され、アイロンも当てられている。

祐一「ありがとう!!」


そのすぐ傍のベンチにさくらと知世は腰掛け、話していた。
さくらは手に2枚のカードを持っている。さくらカードではない2枚。緑と銀のツートンカラーのカード『鋼』と『沈』の2枚だ。

知世「それが、今回の騒ぎの原因になっているカードですね。」
さくら「うん。ハーディカードっていうらしいの。」
ケルベロス(仮)「どこでその名を?」
さくら「『鋼』のカードを封印した時に、うかんだの。」
知世「あと何枚あるんでしょうか。」
さくら「わかんない。」
知世「そうですか・・・でもこれでまたさくらちゃんの超絶かわいい姿をビデオに収められますわ〜。」
さくら「と、知世ちゃん・・・」

知世がホホホホホ・・・と笑う中、がっくりとうなだれるさくらだった。



第4章へ


第三章で「鋼」のカードに続き「沈」のカードも無事封印!
益々進化していくさくらカードはやっぱりクロウカードと同じ枚数あるんでしょうか?(まだ明かせないって)
ケロちゃん(真)が祐一くんをのせて飛び回るとこかなり好きなシーンです〜〜!!
遅くなりましたが小説ありがとうございました☆
by akkiy

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