それは、沖合いの岩の陰に居た。
長年海の上を飛びながらここまで流れ着いたそれは、2本足で歩く生き物がたくさんいる浜辺の方を見つめる。
騒ぎに興味を引かれたように、それはゆっくりと浜辺に近づいていった。
魔法少女 マジカル☆哀 セイレーンの歌声!?海の最強○○決定歌合戦!! 後編
海水をかけあった後、海水浴場のシャワーで哀は身体についた海水を落としてきた。
そして、自分たちの荷物が置いてあるパラソルのところに戻ってきたとき、何やら騒ぎが起きているのに気がついた。
見れば、群集が海の方から現れた何かを指差して騒いでいる。
その何かを哀がよく目をこらして見てみると、それは鳥の翼が生えた上半身が裸の女性だった。
肌は鳥のような羽毛にところどころ覆われ、足先は鳥の足といった感じの空を飛ぶ女性が、哀の視線の先に居た。
それを見て、哀はひとつため息をつくと、レジャーシートのところに置いてある自分のリュックサックに向かって声をかけながら開けた。
「居るんでしょ? 話があるわ」
「がつがつ! むしゃむしゃ!! お! どした? 哀!」
リュックサックを開けるとそこには、中に入っていたのであろうおやつを食べながら返事をする小さな黒ヒョウの姿があった。
哀は思わずため息をまたつきそうになったが、気を取り直してヒョウちゃんに聞く。
「まあいいわ。で、あれは何?」
哀が鳥の翼が生えた女性を指差して聞く。ヒョウちゃんが、つられてそちらを見た。
「おお。あれは、セイレーン」
「はあ。マジカルモンスターなのね」
まさかこの伊豆でも遭遇するとは。あきらめたような哀のつぶやきに、ヒョウちゃんがあっけらかんと答える。
「イヤ、違うぞ」
「は?」
思っていなかった答えに、哀が一瞬言葉に詰まる。
「ああ。たしかにあのセイレーンは魔法の世界の住人だけど、マジカルモンスターとは厳密には違うんだよね」
と言うと、ヒョウちゃんがセイレーンについて説明した。
魔法少女マジカル☆哀が今捕まえているマジカルモンスターは、マジカルペットが捨てられて野生化したものである。
当然その知能は、あまり高くないものが多い。
対して、セイレーンは人間と同じ高度な知能を持っている。姿形こそ多少違うものの、魔法世界レインダムでは人間と同じ権利も持っているのだ。
「でも、魔法世界レインダムがこっちの世界とのつながりを絶った時に、基本的にレインダムに移っていったはずなんだけどなあ。こっちの世界にも生き残りが居たんだなあ」
つまり、ヒョウちゃんが逃がしたものではなく、こっちの世界に残ってしまったはぐれ者らしい。
「でも、何とかしないといけないんでしょ?」
「そうだな」
たとえ、マジカルモンスターではなくても魔法世界の住人には違いない。対処しなければ騒ぎになってしまう以上、どうにかしなければならないのだ。
「灰原!! アレはまさかマジカルモンスターか!?」
「灰原さん!!」
と、そこへ騒ぎを知ったのであろうコナンと歩美が哀に合流する。
「よし、哀! マジカル☆哀に変身だ!!」
「ええ。吉田さんもお願い」
「うん!わかった!!」
ヒョウちゃんが叫び、哀が歩美に変身するよう促す。歩美はそれに元気よく返事した。
幸い、海水浴場の他の客は騒ぎに気をとられている。今なら大丈夫なはずである。
「……レイ……マジ−」
哀がリュックから魔法の試験管を取り出し、棒読みの変身呪文を唱えようとした時、それは響き渡った!
$#&%&!#!♪
「うぎゃあああ!!」
「うがああああああ!!」
「きゃああああああああ!!」
哀たち3人がこの耐えがたい音を遮ろうと必死に耳を押さえる。
見れば、他の客も必死に耳を覆っている。まともに聞いた人の中には、気絶して倒れるものまで現れた。
「この音はいったいなんなんだああああ!!」
「セイレーンの歌声だ!! セイレーンの歌声は、まさに殺人的なんだ!」
ヒョウちゃんが簡単にセイレーンの歌について説明した。
セイレーン。
ギリシャ神話に登場する美しい女性の姿をした半人半鳥の存在で、美しい歌声で海を航行中の船乗りを惑わし、遭難や難破させると言われる。
「だけど、本当のセイレーンの歌声は、伝説と正反対! 規格外の音痴なんだ!!」
まさに並外れた音痴!!その歌声は耳障りどころか、耳が壊れそうなほどの雑音と化していた。
「うああああああああ!!」
「きゃあああああああああ!!」
人々がセイレーンの超絶な歌声に悲鳴を上げる中、必死に3人はこの歌声に耐え続ける。
やがて、セイレーンの歌声が止んだ。
哀たち3人は不協和音の洪水で消耗しきっていた。
まだ距離がそれなりに遠いからこの程度で済んでいるが、これをまともな近距離で聞いたらどうなるかわかったものではない。
「ぜー。ぜー。哀。歌声が止んでいる今のうちにマジカル☆哀に変身だ!!」
「そうね」
ヒョウちゃんの憔悴しきったような言葉に、哀は改めて魔法の試験管を持ち直し、棒読みの呪文を唱えた。
「……レイ……マジカル……トランス…ミューテーション」
しかし、魔法の試験管は作動しなかった。哀の全身が七色の光で包まれることもない。
「どういうこと?」
「くっ! さっきの歌のせいだ。魔力が込められていたせいでジャミングがかけられたような状態になってる!!」
どうやらさっきのセイレーンの歌声のせいで変身できないようだった。
「わたしも変身できないよ!!」
魔法のステッキを持って呪文を唱えてみたのであろう歩美も、変身できず困った表情を見せる。
「よし、ならオレがキック力増強シューズで! って、ビーチサンダルだ」
コナンがいつものようにキック力増強シューズのつまみを回そうとするが、履いているのがビーチサンダルだったことに気づく。
「くっ! どうしたらいいんだ!!」
ヒョウちゃんが困ったような叫びを上げる。
哀も歩美も変身できず、コナンのキック力増強シューズも使えないといった状況だった。このままでは到底この状況を打開できそうになかった。
そこで、哀がヒョウちゃんに聞いた。
「ねえ、あなた、マイク持ってたわよね。それを貸しなさい」
「ん? いいけど何に使うんだ?」
唐突にマイクを貸してくれといわれ疑問の顔になるヒョウちゃん。
「いいからさっさと貸しなさい」
「いいぞ。ほら」
ヒョウちゃんが虚空からマイクを取り出すと、それを哀に貸した。
「さ、江戸川君。ほら、これを持って」
「マイク? って、こんなものどうするんだ?」
マイクを渡されて不思議そうな顔をするコナンに対して、哀が無表情にさらりと言ってのける。
「音痴には音痴。歌ってセイレーンに対抗するのよ……」
「おい……灰原!!」
「おー!! なるほどなー!!」
哀の言った言葉にコナンが抗議する。ヒョウちゃんが哀の言葉に感心した。
それにしても……哀……最近ヒョウちゃんの影響受けすぎじゃないか?
「よし、そうと決まればセイレーンに近づくぞ。接近してコナンが歌えば、セイレーンへ歌った影響も強まるだろうからな」
「いやいや! それはあの歌声をまともに近くで聞くってことだろ!?」
コナンが猛然とヒョウちゃんに抗議する。
さっきも言ったように、それなりに遠いこの状況下でもこんだけ消耗するのだ。まともに近くで聞けば失神してもおかしくない。
そんなコナンに対して、ヒョウちゃんがむっとする。
「むう。うるさいなあ。しかたない。そりゃあ!!」
「うおっ!!」
コナンの体が機械仕掛けのように動き出す。と、マイクを持ったまま騒ぎのあった方へ走り出す。
「何をしたの?」
「ちょこっと身体の自由を奪って操らせてもらった。今、セイレーンに向かってるぞ」
あっけらかんと言ったヒョウちゃんに、哀はため息をついた。
「まあいいわ。とりあえず江戸川くんを追いかけるわよ」
「うん!!」
哀が歩美に声をかけ、歩美が元気よく返事する。二人は先に行ったコナンを追いかけ始めた。
「何なのよ。アレは……」
消耗しきった顔で園子がつぶやいた。
園子の視線の先には、上半身裸の半人半鳥の女性、セイレーンがいる。
セイレーンの歌声を聞いて、園子は精神力と体力を使い果たしていた。
まともに近くで歌を聞いたりした人たちは、気絶してそこらに倒れている。
「ほんと!! 何なの!! 真さまは来ないし、男どもは寄ってこないし、こんな騒ぎは起こるし!!」
怒りで園子が声を荒げた。せっかくの休日を台無しにされ、ついつい怒りの方向へ精神が行くようである。
「あのねーちゃん。胸でかいなあ」
そんなことをつぶやいたのは毛利小五郎であった。セイレーンの上半身は裸であり、覆うものは何もない。
成人の男ならそこへ注目してしまうのもまあしょうがないといったところか。
「もう。お父さん!! 今はそんな場合じゃないわよ!」
蘭がそんな小五郎をたしなめる。蘭もセイレーンの歌声を聞く羽目になり消耗していたが、ついつい小五郎に対してそんな態度に出てしまう。
「あの人を何とかしないと、さらに犠牲者が増えるのよ。何とかしないと!」
「そうじゃ! 蘭くんの言うとおりじゃ」
阿笠博士も蘭の言うことに同意する。蘭が博士に聞いた。
「ねえ。博士。なんとかならないの? 博士の発明で」
「わしもあんな存在、見るのは初めてじゃ。それに、そう簡単に都合よくそんな発明があるわけないじゃろう?」
「なら、どうすれば……」
蘭が困り果てる。一方、元太と光彦もそれぞれ消耗しきっているが、それぞれまだ意識を保っていた。
「ほんとどうしよう」
蘭がそうつぶやいた時、セイレーンに向かって走っていく人影があった。
「ったく。何でこんなことに……」
コナンは、思わずぼやいた。
今、目の前にはセイレーンの姿がある。半人半鳥の姿で宙に浮いていた。
と、そこにヒョウちゃんが突然現れて言った。
「ほらっ! がんばって歌ってセイレーンに対抗するんだ!!」
「いや、あのな。そんなことで本当になんとかなるのか?」
たしかに打つ手はない。しかし、自分が歌うことでこの状況が打開できるとも思えないコナンは、ついついそんなことを聞いてしまう。
ヒョウちゃんは大きく息を吸い込むと、きっぱりと断言した。
「それはあんたの音痴っぷりにかかってる!!」
「そう言われてもな……」
ヒョウちゃんの宣言にコナンは頭が痛くなりそうになる。
「それにしても、このマイク、スピーカーとかに繋がってないみたいだが、使えるのか?」
「あ、それは大丈夫だぞ。魔法のマイクだからスピーカーなしでもちゃんと声を増幅するぞ」
コナンが自分の持っているマイクについて疑問をつぶやく。ヒョウちゃんが持っているマイクについて説明した。
「哀たちは?」
「あそこにいるぞ。ほら」
振り返れば哀と歩美も来ていた。蘭や小五郎、園子や元太と言った遊びに来たメンバーと一緒にこちらの方を見ている。
「それじゃ、俺も向こうに行くぞ。後は任せたああーーー」
と言うと、ヒョウちゃんが消える。コナンが悪態をついた。
「ちっ。ほんとどうしろっつーんだよ!!」
見れば、セイレーンは傍まで来たコナンのことを興味深そうに眺めている。
やがて、セイレーンが大きく息を吸い込むような動作を見せた。歌を歌う合図だ!!
「くそっ!! どうなっても知らないからな!!」
コナンはやけになって、自分の持っているマイクを握り締めると大きく息を吸い込んだ!!
セイレーンが歌を歌う。超音波のような雑音が辺りに大きく響く。
#&%$@*!!
対して、コナンも負けじと大きく声を張り上げると歌い始めた。
#&%$@*!!
ビリビリビリ!!
超音波と超音波がぶつかり合う。まさに最強音痴決定戦だ!!
周りの者は、この最強音痴決定戦の被害に遭わないよう必死に耳を押さえている。
いつまで続くのかと思われる不協和音の洪水。
やがて、押し負けたのはセイレーンの方であった。
セイレーンは不機嫌な声を発すると、ほうほうのていで歌うのを止め、その場から逃げ出した。
「ふう」
セイレーンが逃げ出したのを確認すると、コナンは歌うのを止めた。
もうセイレーンの姿は小さくなっている。どうやら追い払うことに成功したようである。
と、そこに歩美たち3人が集まってきた。
「おお!!コナン。すげーな!!」
「そうですね!! まさかあの怪物を追い払うだなんて」
元太と光彦が興奮冷めやらぬ様子でコナンに話しかける。
その後、歩美が無邪気な顔で感想を話した。
「それにしても、コナンくん。すごい音痴だったねー」
「ええ。あそこまでひどいとは思いませんでした!」
「耳が壊れるかと思ったぜ」
「ちきしょーー!!」
歩美達に散々に言われ、コナンは自分の持っていたマイクを投げ飛ばした。
哀がそのコナンの投げ飛ばしたマイクを拾うと、マイクに貼ってあったラベルを見てつぶやいた。
「『誰でも音痴に歌えるマイク』? こんないらないようなもの。どこで買ったのよ……」
「あ。それか。魔法通販で買ったんだ」
ヒョウちゃんが不意に現れて言った。
さっきの歌声はどうやらそのせいでコナンの音痴がパワーアップしたためらしい。
「そんじゃ、俺は逃げたセイレーンを追いかけて、レインダムに戻るよう説得してくるからな」
と言うと、ヒョウちゃんはセイレーンを追いかけるために消えた。
「まったくとんだ騒動だったわね」
どうやらわたしには休める時間というのはないらしい。
そんなことを考えながら、哀は散々歌のことに歩美たちから言われ続けているコナンの方へと近づいていったのだった。
あとがき
はっはっは!!探偵k、参上!!(ちゅどーん)
ということで、今回は海の水着回をお送りしました。
セイレーンが現れて、その超絶な音痴ぶりで辺りに騒ぎを巻き起こします。魔法少女に変身できず、キック力増強シューズも使えない中、哀が取った手段はコナンの音痴な歌。
魔法のマイクでコナンの音痴ぶりが増幅されたこともあり、見事セイレーンを撃退したのでした。
いや、しかし、今回は珍しく哀と歩美が魔法少女に変身しない回になりました。
まあ、たまにはこんな回があってもいいのではないかと。
それでは、次回もがんばって書き上げます!!
探偵k様ぁ!
後編ありがとうですっ後半はコナン君の大活躍(?)で見事みんな助かりました!
しかしコナンの「ちきしょーっ」という叫びは涙を誘いました(何)←一番受けた!
音痴が必殺技になるなんて(爆)今回はコナンもセイレーンもかわいそうでなりません(爆)
あ、でもセイレーンのような魔法世界の住人もいるという発見!次も楽しみです〜 by
akkiy