「今日も、楽しい魔法少女の仕事〜♪」
空を飛ぶ小さな黒ヒョウが陽気な歌を歌いながら、阿笠博士の家の地下室へと姿を現した。
「やっほー。哀ー。今日も元気かー。って、あれ?」
地下室に出現するなり、声をかけたヒョウちゃんだったが、哀の姿はその場になかった。
「哀、いないのか。ま、そういうこともあるよなあ。ん?」
ヒョウちゃんが地下室にあるパソコンを見る。パソコンの電源が入ってないにも関わらず、画面が点滅していた。
「レインダムからの緊急連絡?」
ヒョウちゃんがいぶかしげにつぶやいた。
一方、哀はリビングで一人物思いにふけっていた。
考えるのは、前回戦ったマジカルモンスターの騒動についてだ。
哀は、強力すぎるマジカルモンスター、ヒュドラと戦った。
そして、哀はそのヒュドラの騒動に黒の組織の魔法科学者、キルシュの影を感じていた。
(ヒュドラはあの黒ヒョウが逃がしたものではないというし、おそらくキルシュの仕業でしょうね)
確証はない。しかし、今考えられる可能性としてはついキルシュの存在を思い浮かべてしまう。
(でも、それならなぜキルシュはあの現場に現れなかったのかしら?)
結局ヒュドラの騒動があった時、キルシュとは顔を合わせていない。それが、キルシュの仕業と断定できない理由だった。
(あの時、何か仕掛けてきてもおかしくなかったのだけど……)
そのまま一人思考を続ける哀。
と、そこへ不意にヒョウちゃんが出現した。
「大変だ! 哀!!」
「何よ。まさか!?」
突然現れたヒョウちゃんにいぶかしげになった哀だったが、すぐさま顔色を変えた。
こんな感じでヒョウちゃんが現れて言うことと言えば、マジカルモンスターがらみである。もしやと思う哀だったが、ヒョウちゃんが怯えながら言ったのは別のことであった。
「女王陛下が来る」
「は?」
「女王陛下が来るんだああああああああ!!」
ヒョウちゃんが、おそれおののきながら大声で叫んだのだった。
魔法少女 マジカル☆哀 女王陛下がやってきた! 前編
学校が終わり放課後。哀は少年探偵団のいつものメンバーで家に帰る途中だった。
ランドセル姿の5人は学校からの帰り道を歩く。
コナンたち4人が他愛ない話をする中、哀はヒョウちゃんが昨日言ったことを考えていた。
「女王陛下がこの町に来ることになった」
昨日、リビングで「女王陛下が来るんだああ」と叫んだ後、我に返ったヒョウちゃんは、緊張した顔で哀に魔法国家レインダムの女王陛下がこの米花町に来ることを告げた。
「女王陛下?」
「ああ。魔法国家レインダムの統治者。魔法世界に住む人間、妖精、エルフやドワーフといった種族の頂点に立つお方だぞ」
ヒョウちゃんが恐れおののくといった表情で女王陛下について説明する。
「ふーん。そんな人がどうして来るのよ?」
どうやらマジカルモンスターに関する騒ぎではないと知って、哀は興味を失った。どうでもいいといった感じにヒョウちゃんにたずねる。
「こらっ! おそれおおい!! 女王陛下と呼んでくれ!!」
ヒョウちゃんがそんな人呼ばわりした哀をたしなめる。いつものお気楽な雰囲気なヒョウちゃんと違い、やや切羽詰まった雰囲気だった。
それを受けて、哀は改めてヒョウちゃんに聞く。
「で、その女王陛下がどうしてくるのよ?」
「何でも魔法少女の視察に来るらしい」
「視察?」
「ああ。魔法少女の任務が上手くいっているかどうかチェックしに来るみたいだ」
ヒョウちゃんは女王陛下が視察に来るとあって戦々恐々といった感じだった。
「ふーん。視察ね」
といっても、哀にとってはどうでもいい話だった。まあ女王陛下に少しは興味を持たないわけではないが、自分にとって深く関わる話ではない。
まあ自分が魔法少女である以上、その女王陛下とあいさつすることもあるかもしれないが、その時は適当にやりすごせばいいだろう。
「ああ。どうしたらいいんだ!?」
ヒョウちゃんが頭を抱えるようにして悩んでいるのを、哀はどうでもよさそうに眺めていたのだった。
(灰原のやつ何やら考え込んでやがるな)
コナンは他の4人との他愛無い会話を止め、哀のことを気にかける。哀は何かを考え込んでいる様子で黙々とただ歩いていた。
(またあれか? あの魔法少女がらみで何かあったのか?)
こういう場合、最近哀が考え込む原因としてあるのは魔法少女がらみであろう。
(というか……何なんだ? あの魔法少女ってのは……?)
コナンは魔法少女というモノが存在するという事実を考えるとつい頭が痛くなってしまう。
この世界に魔法が存在し、怪物であるマジカルモンスターが存在し、それを倒す魔法少女が存在する。
(あきらかにおかしいだろ! どう考えても!)
コナンはそれらが存在する事実がこの世界とあまりにも異質なものに感じてしまうのだ。
(まあそれはいい。だが、なんで灰原は魔法少女なんかやってるんだろうな?)
前にその理由について「魔法に興味があったから」と言っていたが、どうも哀が魔法少女をする理由としては弱い気がした。
(と言っても本当にそんな理由って可能性もあるけどな)
人の心はわからない。いくら推理力に長けた名探偵でも見通せないことはある。
ただコナンが感じるのは……
(灰原のやつ、何かまだ隠している感じがある。魔法少女とかじゃなくて、何か別のことを……)
気づけばついついコナンも思考の海に沈みながら歩いていた。
(ん?)
と、コナンはふと気になる物を見つけて左前の方を見た。
哀が遅れて気づき、歩美たち3人もそちらの方を見る。
コナンの目に留まったのは、一人の女の子だった。
年はコナンたちと同じ小学1年生くらい。小さい身体でジュースの自販機の前でうろうろしている。白銀のプラチナブロンドの髪を長く伸ばしていて、その長さは腰の辺りまであった。
肌は白く透き通っていて、黄色人種と異なっている。
その女の子の服装は、水色を基調とした銀糸の刺繍がほどこされたたくさんのフリルがついているお姫様ドレスという格好で、明らかにこの米花町から浮いていた。
「わあ。お姫様みたい」
「ええ。そうですね」
「おう」
歩美がその女の子を見て思わずといった感じにつぶやいた。光彦と元太がうなずく。
(ま、たしかにな)
コナンも内心で同意した。
やや大きめな青色の瞳、すっと整った鼻、ピンクのバラを思わせる口元といった感じで、その女の子の容貌はとてもかわいらしい。
水色のフリルのお姫様ドレスも相まってまさしく西洋人形のようだった。
その水色ドレスの女の子は、自販機の前でうろうろと歩き回っていた。なにやら困っている雰囲気である。
「あの外人の女の子困ってるみたいですね」
「助けてあげようよ」
「でも、オレ英語しゃべれねーぞ」
光彦、歩美、元太の3人は、外国人の女の子が困った様子でいるのを見て助けようとするが、ためらっているようだった。
「しゃーねーなあ」
コナンはそのドレスの女の子に近づく。4人も、後からついてきた。
その女の子は、コナンたちが近づいてきたのを見て、こちらを向いた。そのまま先頭のコナンを見つめる。
コナンは女の子に話しかけた。
「May I Help You?(助けてあげようか?)」
英語で話しかけたコナンに女の子は、眉をひそめると水色のドレスの胸元のブローチをいじりながらぶつぶつとつぶやいた。
「おかしいのう。何やらけったいな言葉が聞こえてきたぞ? 翻訳機がおかしいのか? 確かにこの国の公用語に設定されたはずじゃがのう」
女の子のやや年寄りじみた言葉使いながら流暢な日本語を聞いて、元太は困惑したように声を上げた。
「み、光彦!? た、大変だ!! オレ、英語がわかるぞ!!」
「この子は日本語を話してますよ。元太くん」
元太の言葉に光彦が突っ込む。
全員が女の子が話したなめらかな日本語に戸惑う中、我関せずといった感じでドレスの女の子がコナンに話しかける。
「で、何と言ったのじゃ? そこの少年よ」
「あ、いや、助けてやろうか? って言ったんだけど……」
「うむ。なら助けてもらおうかのう」
何やらエラそうな女の子の態度にややひるむがあまり気にしないことにして、コナンは女の子を助けることにした。
「で、何が困っているんだ?」
「うむ。この機械で飲み物が買えることは知っているのだがのう。どうしたらいいのかわからんのじゃ」
ドレスの女の子は小さな指でジュースの自販機を指差す。コナンはさらに聞いた。
「お金は持っているのか?」
「ああ。この国のお金じゃの? とりあえずこれだけ渡されたのじゃ」
と言うと、ドレスの女の子は手に持っていた一万円の札束を見せる。
それを見て、元太たち3人が目の色を変える。
「み、光彦!!あれ、いくらだ!?」
「ひゃ、百万円くらいですかね」
「ひゃ、ひゃくまん!!」
「お金持ちー」
元太たちがその札束の金額に驚く。コナンもやや動揺するが、気を取り直して女の子にたずねた。
「小銭は持ってないのか?」
「うむ。渡されたのはこれだけでの。あいにく小銭は持ってないのじゃ!」
胸を張って宣言するドレス姿の女の子。なぜかとてもエラそうな態度だった
「しゃーねーなー」
コナンは自分の持っていた財布から小銭を取り出すと、自販機の投入口に入れる。
「ほほう。そこに小銭を入れるのか」
ドレスの女の子が興味津々といった感じにコナンの様子を眺める。
「何が飲みたいんだ?」
コナンは女の子に聞いた。
「何があるのじゃ?」
「背が小さいから上の方は届かねーからなあ。えーと、コーヒー、コーラ、紅茶ってとこかな?」
「なら紅茶を頼もうかのう」
「よし。わかった」
コナンは紅茶のあるボタンを押す。すると、自販機の排出口から紅茶のペットボトルが出てきた。
その様子を興味深そうに眺めるドレスの女の子。
「ほらよ。これでいいか?」
コナンは紅茶の冷えたペットボトルを女の子に差し出した。
「うむ。ほめてつかわす。おぬし、好きなだけこのお金から持っていっていいぞ。全部はだめじゃがの」
と言うと、ドレスの女の子はコナンの前に百万円くらいありそうな札束を差し出した。
「す、好きなだけ!?」
元太が思わず目の色を変える中、コナンは手を振った。
「いや、いいよ。たいした額じゃねーし」
「遠慮することはないぞ。少年よ。これだけあるのじゃ。わらわにはよく価値がわかっておらんが、おぬしが使った額よりは多いはずじゃぞ?」
女の子が再び、コナンに札束から取るようにうながしてくる。しかし、コナンは再度手を振った。
「いや、別にいいよ」
そんなコナンの態度を見て、ドレスの女の子は目を見張った。
「ほう。律儀じゃの! 気に入ったぞ。少年! その態度、実に立派じゃ!」
「そんなことより、紅茶、飲まないのか?」
「おっと、忘れておった」
ドレスの女の子が紅茶のペットボトルをコナンから受け取る。しかし、そのペットボトルを持ったまま、困ったように眉をひそめた。
「むう。これは、どうやって飲むのじゃ? 少年よ?」
「え? ペットボトルを開けたことがないのか?」
「うむ。わらわは今までこんな容器を開けたことはないぞ」
どうやら女の子は一度もペットボトルの容器を開けたことがないらしい。
(おいおい。どこまでお姫様なんだよ……)
コナンは、やや呆れながらも女の子を手助けする。
「わかった。ちょっと貸してくれ」
ドレスの女の子から紅茶のペットボトルを借りると、コナンはふたを開けてやった。
そんなコナンの様子も冷静ながら興味深そうに女の子は眺めてくる。
「ほらよ」
「うむ。大儀であった。では、飲んでみようかのう」
開いた紅茶のペットボトルを持たされた女の子は、口をつける。
女の子ののどが一口鳴るのをおずおずと見守るコナンたち5人。
そして、女の子が言った言葉は、
「まずい」
の一言であった。
ドレスの女の子はやや顔をしかめながら、紅茶の感想を告げた。
「何じゃ。この紅茶は? 風味も何もないぞ。本当に紅茶か?」
「まあ自販機の紅茶だからなあ」
コナンは苦笑いする。
持っていた札束や、水色のお姫様ドレス姿、ペットボトルを開けたことがないことから見て、女の子はどこかの育ちのいいお嬢さまと言ったところだろう。
そんな女の子が飲む紅茶としては、まずいに違いない。
「うむ。まあこれも良い経験じゃの」
ドレスの女の子はその幼い顔立ちで大人びた言葉を言ってのけた。
と、そこで、コナンは少し前から気にかけていたことを聞いた。
「それより、一緒に居る大人の人とかはいないのか? 親とか?」
「ああ。連れの者か。それなら、まい……」
と、そこでドレスの女の子はいったん言葉を切ると、一瞬、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間にはその表情を消して、コナンたち5人に困ったような表情で話した。
「実はの。わらわは追われているのじゃ」
「え! 追われてる!?」
「追われてるだって!?」
「追われてるの!?」
歩美たち3人が、女の子の言葉を聞いて一様に驚いた。
そんな歩美たちに、ドレスの女の子が言う。
「うむ。わらわは悪いやからから追われてての。ああ、誰か助けてくれるものはおらんかのう?」
と言うと、ちらりと横目に歩美たち3人を見た。
「イヤ、それなら警察に−」
「わかったよ。じゃあ、わたしたちが助けてあげる!」
「おう! オレたちに任せとけ!」
「ボクたち少年探偵団の出番ですね!」
コナンが言いかけた言葉をさえぎって、歩美たちがお姫様ドレスの女の子を助けようと盛り上がる。
そんな歩美たちの様子に女の子は神妙な表情で言った。
「おお。ありがたい。それなら、わらわが安全な場所につく間のボディーガードを頼もうかのう」
「いや、だから、それなら警察に−」
「うん!!」
「おう!!」
「任せてください!!」
またまたコナンの言おうとした言葉をさえぎって歩美たち3人が力強くうなずく。
「それでは、よろしく頼むぞ」
『おー!!』
女の子の頼みの言葉に歩美たち3人が一斉に拳を上げて気合を入れる。
その様子をコナンはやや苦い表情で見ながら、哀に話しかけた。
「おい。灰原……」
「ええ。わかってるわ」
悪者から逃げているはずの女の子が自販機の前でのんびりジュースを買おうとするはずがない。明らかに追われているのはウソであろう。
「なんか3人はやる気になっちゃったし、あのお姫様につきあうしかなさそうね」
コナンの方を見ながら、哀はそうしめくくった。
一方、そのころ博士の家では、リビングで阿笠博士がコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
博士がコーヒーをすすりながらのんびりと時計を見てつぶやく。
「それにしても、哀くん、今日は遅いのお」
博士がそんなセリフをつぶやいていた時、ヒョウちゃんは地下室のトビラの前で宙を飛びながらうろうろしていた。
「ああ、入りたくないなあ」
緊張した顔でうろうろしながらそんなことをしゃべるヒョウちゃん。
今、トビラの向こうには、女王陛下が待っているはずなのだ。それを考えると、ついつい柄にもなくヒョウちゃんは緊張してくるのだった。
女王陛下。魔法国家レインダムの全てを統べる統治者であり、魔法世界に住むあらゆる種族の頂点に立つ者である。
もちろんヒョウちゃんも顔を合わせたことがないわけではない。魔法少女にマジカルモンスターを退治するよう命令を下したのは、女王陛下だ。その時に顔を合わせていた。
しかし、やはり緊張するものは緊張する。
「えーい! 考えてもしょうがない! 入ろう!!」
ヒョウちゃんは思い切ると、地下室の中へと瞬間移動した。
「ヒョウレン!! 入ります!!」
やや堅苦しい言葉を使って、ヒョウちゃんは地下室の中に出現する。
「ん?」
現れた地下室の中が騒がしいのにヒョウちゃんは気づいた。
地下室の中は大騒ぎだった。宙を飛ぶ小さなぬいぐるみのような様々な動物たちが言葉を叫びながら右往左往している。
また、哀が使っているパソコンの前では、少ないながら複数の人影があり深刻な表情で話し合っている。その人影には翼の生えている者や角が生えている者もいた。
やや広めの地下室の中は、そんな小さな動物たちや人影で手狭な状態だった。
この大騒ぎに少し驚くヒョウちゃんに、宙を飛んでいた小さな羊といった感じの生き物が気づいて話しかけてくる。
「ヒョウレンか! よかった! 今は人手が多い方がいい!!」
「どうしたんだ? シーレス。この騒ぎ?」
ヒョウちゃんに話しかけてきた小さな羊の妖精は、名前をシーレスと言う。米花町の上空に張り巡らされた魔力探知ネットワーク、レインダムネットワークの管理者をしていた。
性格は、ヒョウちゃんとフェンバルを足して、二で割って薄めた感じ。要するにまともである。
「ああ。お前にも手伝ってもらわないとならないな。実はな……」
ヒョウちゃんの問いかけにシーレスは、この大騒ぎの根本となった原因を告げた。
「女王陛下がいなくなった?」
ヒョウちゃんはオウム返しにシーレスの言葉をつぶやいた。
ヒョウちゃんがそんなことをつぶやいていた頃、哀はいつもの5人に新たに加わったお姫様を連れて、米花町を歩いていた。
未だ少年探偵団のメンバーはランドセル姿だった。今は、ドレスの女の子が言う安全な場所に行くためにつきあっている。
「信用できる連れの者と合流するはずの場所があっての。そこまで行ければ良い。ただその場所を忘れてしまっての。
案内がてらこの町を回っていれば、いづれその場所にたどり着くじゃろう」
「うん。わかったよ!!」
「おう!!」
「任せとけ!!」
歩美たち3人が力強くうなずく。
「いや、それならその合流するはずの場所の特徴を……」
「それでは、案内してもらおうかのう」
『おー!!』
コナンの言葉を無視して女の子が言う。歩美達が元気よく返事した。
「ムダよ」
哀はコナンに話しかける。
「そもそも、追われているのがウソなのだもの。合流する場所なんていうのもウソっぱちよ」
「だがな、灰原……」
「言ったでしょ? あのお姫様に付き合うしかないわ。まああのお姫様が飽きたら、その時は警察に連絡しましょ」
そう言うと、哀は先に歩き出した女の子と歩美たちを追いかける。コナンも後をついてきた。
お姫様と歩美たち、哀とコナンが米花町を歩く。
ドレスの女の子は町中の物を見ては、興味深そうに歩美に質問していた。
「あの走り回っている乗り物は何じゃ?」
「車のこと?」
女の子は考え込むようなしぐさをすると、歩美に再び聞く。
「車と言うと、もしかして自動車という物のことかえ?」
「うん。そうだよ」
女の子は目を見張った。
「ほう。あれが自動車と言う物か。聞いたことはあるが見るのは始めてじゃ。わらわの国でも似たようなモノを作ろうとしているのだがのう。これがなかなか上手くいかないのじゃ」
女の子の言葉を受けて、コナンが哀に話しかけてくる。
「自動車を見たことがないみたいだな」
「そうみたいね」
哀は相づちを打った。
女の子が歩美に再び質問する。
「で、あの道路の端に立っている柱と張り巡らされているロープのような物は何じゃ?」
「電柱と電線のこと?」
「ほう。あれが電柱と、電線とやらか。こちらのエネルギー源の一つである電気をああやって運んでいるのじゃな。わらわの国では見ない光景じゃの」
女の子が何やら感心したように電柱と電線を見る。
「見ない光景って、あのお姫様の国では電気が通ってないってことなのか? そうは思えないんだが」
「さあね」
コナンの質問に哀は肩をすくめる。
さらに、女の子は真っ赤な郵便収集車が停まり、郵便ポストから手紙を集めている光景を見て、歩美に質問した。
「あの赤い車と赤い物は何じゃ?」
「郵便の車と郵便ポストのこと?」
歩美の答えに女の子は、興味深そうに郵便収集車とポストを見た。
「ほう。あれがこの国の郵便システムとやらか。わらわの国では、手紙なんかは直接渡した方が早いからのう」
「直接渡した方がって、歩いてってことか? それじゃ、遅えと思うんだがなあ」
「……」
コナンの誰にとも言わない独り言に、哀は答えない。
(それにしても……)
哀は思った。
どうもちぐはぐな感じがする。
自動車を見たことがなく、電気も通っておらず、郵便のシステムもない。そんな国から来たにしては、少女の服装が立派過ぎる。
それに、こんな小さな哀と同じくらいの子供にしては、思考や言動が大人すぎた。
そう、まるでわたしたちみたいに薬で身体を小さくされたみたいな……
(まさかね)
哀はつい思いついた考えを切り捨てた。
「ところで、あなたの名前は何て言うの? わたしは歩美だよ」
「オレ元太!」
「ボクは光彦です」
歩美が自己紹介し、元太と光彦がそれに続く。
「コナンだ」
「哀よ」
コナンと哀も続いて自己紹介した。
少年探偵団のメンバーが名前を紹介し終わったところで、歩美が改めてドレスの女の子の名前を聞く。
「で、あなたの名前は?」
「わらわの名か? わらわの名前は、エステアじゃ」
「エステア?」
「そうじゃ。本当は、もっと長い名前なのだがのう。めんどくさいから、エステアだけでよいぞ」
「うん。わかった。なら、エステアちゃんだね!!」
歩美のその呼び方に、エステアは目を大きくすると大笑いし始めた。
「ははは!! エステアちゃん! エステアちゃんか!! これは何とも! くくく!!」
歩く足を止め、銀髪の女の子は大笑いし続ける。歩美はもとよりコナンたちもとまどったようにエステアを見つめた。
歩美が不思議そうにエステアに聞く。
「何がおかしいの?」
「イヤ。わらわをそんな呼び名で呼んだのは、おぬしがはじめてじゃ。くくく」
エステアはまだ笑いが収まらないのか、その小さな身体を笑いで震えさせ続ける。
歩美が申し訳なさそうにエステアに聞く。
「なら、エステアちゃんって呼ぶの、やめる?」
銀髪の女の子は笑うのをやめると、優しい口調で歩美に言った。
「いや、いいぞ。これも良い経験じゃからの」
「うん。わかった。よろしく! エステアちゃん!!」
歩美が輝くような笑顔になり、エステアをちゃん付けする。
「なら、オレもエステアちゃんって呼ぶな」
「ボクもそう呼びますね」
元太と光彦が、エステアにそう声をかける。
しかし、エステアはにべもなく二人に言ってのけた。
「おぬしらはダメじゃ」
『え!?』
驚く二人にエステアは、その理由を説明した。
「なぜかしっくりこん。おぬしら男どもはエステアとだけ呼ぶがよい」
『そんなあ!』
元太と光彦が大きく嘆きの声を上げる中、エステアは哀の方に向き直ると言った。
「じゃから、おぬしもわらわのことをエステアちゃんと呼んでもよいぞ?」
ややからかうような声のエステアに、哀はクールに言ってのけた。
「わたしはいいわ。ただエステアとだけ呼ばせてもらうわ」
「そうか? まあそれはおぬしの勝手じゃから好きにするがよい」
エステアはその哀の態度をあまり気にしない様子でそんなことを言ってのけた。
ドレス姿の銀髪の女の子の名前もわかり、5人とお姫様は再び歩き始めた。
「そういえば、エステアちゃんって、何で追われてるの?」
歩美がエステアに追われているという理由を聞く。
エステアはにやりという笑みを浮かべると、こんなことを言ってのけた。
「実はの、わらわはとある国の姫君なのじゃ」
「え、エステアちゃんってお姫様なの!?」
「そうじゃ。それで悪いヤカラから追われているのじゃよ」
(どうだか、ね……?)
哀は心の中でエステアの言葉を疑った。
追われているのはウソ。他にも、ウソらしいことも言っている。当然、エステアの言葉を信用するのは難しいだろう
(まあ世間知らずのお嬢様ということは、間違いないでしょうけどね……)
そんな哀の心境も知らず、歩美は素直に喜んでいた。
「やっぱり!! エステアちゃんってお姫様なんじゃないかなあって思ってたの! 歩美、本物のお姫様に会えて嬉しいよ!!」
「おお!!すっげーー!!」
「エステアさんってお姫様だったんですね!!」
光彦と元太も興奮したように目の色を輝かせている。
「そうなのじゃよ。じゃから、ボディガードの方もよろしく頼むぞよ」
「うん。任せといて!!」
「おう!!」
「がんばって守りますね!!」
歩美たちがやる気を出して張り切った様子になる。哀はそれを横目にコナンに聞いた。
「一国のお姫様が来日するっていうならニュースになっててもおかしくないけど、そんなニュースはあった?」
「いや、見た覚えはないな」
コナンが首を振る。コナンは頭の中を探っている様子だったが、どうやらそんなニュースは知らないらしい。
(どうやらこれもウソかしらね)
おそらく歩美たちをからかっているのだろう。どうやらお姫様はかなり意地の悪い性格のようであった。
「それにしても、エステアちゃんって日本語上手だね!」
歩美がエステアの使う日本語をほめる。その言葉を聞いてエステアは、水色ドレスの胸元のブローチを見せると言った。
「ああ。それはこのブローチのおかげじゃ」
「どういうこと?」
歩美がきょとんとしてエステアに聞く。エステアが説明した。
「このブローチは翻訳機になっておっての。おぬしらの話す言葉を聞き取る場合には、その言語をこのブローチが読み取ってわらわの脳に送ってくれるのじゃ。
そして、わらわが話す場合には、わらわの話そうとする思考をブローチが読み取って、おぬしらの言語に変換。それをわらわの脳に送って、わらわはそれを話しているという感じじゃの」
「えーと、うーんと。歩美が話した言葉を……変換?……」
歩美はエステアの話した内容に理解が追いつかないのか、困惑した表情を見せている。
エステアは歩美に分かるように簡単な事実にまとめた。
「まあこのブローチのおかげでおぬしらとこうやって話せているとわかればよい」
「へー! すごいんだね!! そのブローチ!!」
歩美は無邪気に驚いていたが、哀は戦慄していた。
(何ですって!?)
それが本当ならかなり高度な技術が使われた翻訳機である。今、現在売られている翻訳機は、単純な言葉や文を翻訳してディスプレイ上に表示したりするものや音声認識で翻訳されたモノを表示するのがせいぜいである。
しかも、エステアが言っていることが本当なら、そのブローチとエステアの脳を言語概念が行き来していることになる。そんな高度すぎる技術は未だ開発されていないはずであった。
そんな哀の戦慄も気にせず、歩美がエステアに聞く。
「ふーん。それで、エステアちゃんはそんなおばあさんみたいな言葉を使うの?」
「ああ。この言葉使いか? これはわらわの思考そのまま。地じゃ。こんな姿だが、なにせわらわはおぬしたちよりずーっと年上じゃからの」
(!?)
哀はエステアの言葉にやや動揺する。
(まさか、本当にあの薬で身体を小さくされたなんてことは……?)
歩美はエステアに向かって信じられないと言いたげに大声を出した。
「えー!! ウソだああ!!」
「まあ信じるか、信じないかはおぬしらの勝手じゃがの?」
エステアがそう言った。その時だった。
バリバリバリ!!
辺りにプラズマのような音が巻き起こる。周りにいた人々が一斉に何事かと驚いた顔になった。
歩美たち3人も驚いた表情になり、哀とコナンが顔を引き締める。
空間が裂け、マジカルモンスターがその場に姿を現した。
あとがき
はっはっは!!探偵k、参上!!(ちゅどーん)
ということで今回は、魔法国家レインダムの女王陛下が米花町に来るお話です。
ヒョウちゃんから魔法国家レインダムの女王陛下が米花町に来るという話を聞かされた哀。しかし、哀は全く女王陛下に興味がない様子。
そして、いつもの5人で小学校から帰っている途中で、哀たちと同い年くらいのお姫様ドレスの女の子、エステアと遭遇します。
なんだかんだがあって、エステアを連れて米花町を案内する哀たち。
しかし、エステアは、自動車も見たことがないといった感じの何やら奇妙な女の子。
一方、博士の家の地下室では魔法世界の住人が大騒ぎでした。ヒョウちゃんは、小さな羊の妖精シーレスからレインダムの女王陛下がいなくなったことを告げられます。
そして、いつもの5人とお姫様はマジカルモンスターが現れた現場に遭遇するのでした。
女王陛下はどこへ消えたのか? エステアは、何者なのか?
と、いったところで次回に続きます。
探偵k様
うおぉぉ!まさかまさかの女王陛下?!エステアの正体は・・・・・後編に続く!!(笑)
いつもと違う切り口にドキドキしつつも哀ちゃんだけが気づき始めて面白かったです♪
魔法少女の視察にきた女王陛下は哀ちゃんと歩美に接触するのでしょうか(爆)
時次週の更新をしばしお待ちあれ〜
そして探偵k様いつも小説ありがとう!今年もよろしくです〜♪ by akkiy