「女王陛下!もはやこうするしかありません!」

一人の幼女が複数の人影に切羽つまった調子で言い寄られていた。

ここは魔法国家レインダムにある王宮。その玉座の間で女王エステアは複数の側近に詰め寄られていた。

「しかしのう」

女王エステアがあまり気乗りがしないといった感じに言葉を濁す。

「いえ。もう一刻の猶予もないのです! あちらの世界に逃げ込んだマジカルモンスターが後一匹となった以上、こうするしかありません!」

女王は瞑目した。

魔法国家レインダムの女王。それは魔法世界におけるありとあらゆる種族の頂点に立つ者である。

しかし、それは配下や国民の意見を完全に無視していいということではないのだ。

「女王陛下! ご決断を!!」

一人の側近が女王に真剣な顔で迫る。

女王エステアはあちらの世界に視察に行った際に会った人々を思い浮かべた。

エステアちゃんと呼んだ吉田歩美。自販機で助けてくれた江戸川コナン。そして、クールな表情をした灰原哀を。

ふう。

女王はため息をつく。

今からする決断に対する後ろめたさからだった。

「しかたないのう」

やがて、女王は一つの命令をくだしたのだった。

 

 

「あと一匹?……」

ヒョウちゃんは魔法国家レインダムから連絡を受けていた。

阿笠博士の家の地下室。そこにあるパソコン画面が点滅している。

『その通りだ。お前が逃がしたモンスターは、あと一匹だ……』

「りょーかい」

プツッ

ヒョウちゃんが承諾すると、パソコン画面から流れていた声が消えた。

「あと一匹かあ……」

ヒョウちゃんは感慨深げにつぶやいた。


魔法少女 マジカル☆哀 魔法少女よ 永遠に!? 前編


「あと一匹だよーーん!!」

レインダムの連絡があった次の日。

地下室で作業をしていた哀の前にいきなり現れたヒョウちゃんが軽い調子で言った。

「本当ね?」

哀はヒョウちゃんに確認する。

対してヒョウちゃんは軽いままの口調で返す。

「ホント、ホント! あっちの世界で確認してもらったけど、後マジカルモンスターは一匹だけだぞ」

「ふう。やっと終わるわね」

哀は安堵のため息をついた。

はじめて魔法少女マジカル哀となってマジカルモンスターを捕まえてから本当に色々あった。

歩美が魔法少女になったり、怪盗キッドに出会ったり、警察が介入してきたり。

そして、黒の組織も……

そんな魔法少女の日々もようやく終わる。

「で、哀。願い事は何にするんだ?」

ヒョウちゃんが哀に聞く。

哀はそこで願い事のことを思い出した。

魔法少女をやる代わりに何でも願い事が叶えられる。そうヒョウちゃんと最初に会った時に話をしたのだった。

「そういえばそんな話もあったわね」

願いごとのことなど忘れていた哀は、感慨ぶかげにつぶやいた。

「で、どうするんだ? 願い事?」

ヒョウちゃんが興味深そうに哀に聞いてくる。

(そういえば、恋の縁結びって聞いて思わず受けたのよね)

始めは恋の縁結びで即諾した哀だったが、今はそこまで興味はない。

だから、哀は答えた。

「別にどうでもいいわ」

「え? 願いごとどうでもいいのか?」

ヒョウちゃんが不思議そうな顔で哀にたずねる。哀は平然と答えた。

「ええ」

何でも願い事が叶えられるというのに不思議なほど哀の言葉はそっけない響きだった。

そんな哀に対してヒョウちゃんが言った。

「まあせっかく願い事が叶えられるんだし、今すぐでなくてもいいから決めておいてくれればいいからなあ」

ヒョウちゃんがあっけらかんと締めくくってこの場での会話は終わったのだった

 

 

ヒョウちゃんと哀がそんなことを話していた同時刻。

ここは、黒の組織にある魔法学研究所。

「いい!もう失敗は許さないわよ。準備を早くしなさい!!」

その一室で黒の組織の魔法学研究者であるキルシュが黒服たちに慌ただしく命令をしていた。

その命令を受け、慌ただしく動く黒服たち。

そんな中、一人の黒服がおずおずとキルシュに話しかけた。

「あの、キルシュ様」

「何!? 何の用!? 私は忙しいの! 話しかけないで!!」

イライラした声で黒服にキルシュは返す。

しかし、その黒服はめげずにキルシュに話を続ける。

その黒服が怯えたような顔で言った。

「『ジン』様がお見えです」

「!?」

キルシュの顔がこわばったちょうどその時、その部屋に入ってきた人影があった。

カミソリのような切れ味鋭い容貌の男。近くには、ガタイの大きい大男が付き従っている。

組織でコードネーム『ジン』と『ウォッカ』で呼ばれる男たちだった。

キルシュは戦慄した面持ちで切れ味鋭い容貌の男、ジンを見つめる。

「ジン…!」

ジン。見るものにどうしようもない不安感を与える男。

シマウマがライオンと同じ檻に入れられてどうして安心できるというのか。

「何の用よ? ジン?」

キルシュがその不安感を押し殺しながらジンにたずねる。

それに対して答えずジンが部屋の中をぐるりと見回す。

その場に居た黒服たちも、こわばった顔でジンを見ていた。

「何をしているんだ? キルシュ? この騒ぎは?」

ジンは慌ただしいこの部屋の雰囲気を見て取ってキルシュに問いただす。

「別にたいしたことではないわ。こちらの研究の関係で少し忙しいだけよ」

キルシュは、ジンの質問を軽くあしらった。

「ふん。あの魔法とかいうくだらん研究のことか」

「なんですって!!」

ジンのバカにしたような言葉にキルシュが憤る。ジンに対する恐れすら忘れて食ってかかろうとしたキルシュにジンが先ほどのキルシュの質問に答えた。

「ここに来た用件だったな。たいしたことじゃないが、何やらオマエが組織に隠れてコソコソ動いているらしい、という話を耳にしてな」

ジンがキルシュの顔を探るように眺める。キルシュの怒りの感情はその言葉に冷水を浴びせられたかのように冷めてしまった。思わずキルシュは心の中で動揺する。

(ち、ワタシの動きがまさかこのジンの耳に入るとはね)

心の中でキルシュは舌打ちした。たしかにキルシュは組織に隠れて動いている。それは、魔法少女となったシェリーがらみでだ。

そして、組織は疑いぶかく少しでも裏切るような動きを見せれば粛清を行う。そういう意味では、キルシュの動きは自身を危険にさらすものだった。

もっともそんな動揺をまるで見せもせずにキルシュはジンに言った。

「別に魔法の研究がらみで動いているだけよ。通常の業務の範囲内だわ」

とぼけたキルシュにジンはその鋭い眼光をナイフのようにひらめかせると切り込むように告げた。

「シェリーを探すのも、通常の業務とやらの範囲なのか?」

今度は、はっきりと動揺を顔に出してしまうキルシュ。そんなキルシュに対して、ジンが続けて畳み掛ける。

「ふん。隠しきれているとでも思っていたのか? 情報を提供したヤツがいてな。なんでもオマエがシェリーを探しているそうじゃないか? それも、組織に隠れてだ」

(く、まさかそんなことまで知られているなんて!)

キルシュが思わず情報を漏らしたであろういずれかの部下に対して心の中でわめいていると、ジンがジロリとキルシュをにらみつけた。

「まあ、オマエはシェリーと仲が悪かったからな。理由はそんなところだろうが、シェリーの捜索はオマエの領分じゃない。わかったら、シェリーの捜索は打ち切ることだ」

そこまで知られているならしょうがない。キルシュは開き直った。

「ふん。あなたたちの余計な手間を省いているだけのことよ。だいたい、あなたたちだってシェリーは見つけられていないのでしょう? だったら、」

その時、ジンが動いた。

ジンの手がキルシュの胸倉をつかむ。そのままジンが力を込める。キルシュは宙吊りになりそうになった。キルシュの気道が狭まり、思わず苦しげな声を上げる。

「カハッ!」

「なにか勘違いしていないか? キルシュ? オレは余計なことはするな、と言っているんだ」

キルシュはジンの目を見た。それは、捕食者の目。狩る側の目だった。

あと少し力を入れればオマエを殺す。そう宣言している目だった。

キルシュがその目にひるんだ時、ジンの腕の力が緩んだ。

「カハッ、ゲホゲホ」

気道が解放されてうずくまり咳き込むキルシュ。ジンは胸倉をつかんでいた手を離していた。

「いいか? もう一度言う。余計なことはするな。オマエはこの役に立たんかもしれない研究に打ち込んでいればいいんだ」

そう咳き込み続けるキルシュに告げると、ジンは振り返った。そのままドアに向かって歩いていく。

そのまま立ち去ろうとしていたジンだったが、一度だけ振り返るとキルシュにおもむろに告げた。

「組織を裏切るような真似をすれば……その時はわかってるな?」

それだけ告げると、ジンはその場を去っていく。ウォッカが後に続いてその場を立ち去った。

ジンとウォッカがその場を立ち去った後、うずくまっていたキルシュはようやく激しい咳き込みから解放された。

そんなキルシュを周りの黒服たちがおそるおそる眺める中、黒の組織の魔法科学者は嘲笑うようにつぶやいた。

「組織を裏切れば、ですって? ふん。組織に対する忠誠なんて元からないわよ」

キルシュは、黒の組織にスカウトされ組織の一員となった。そして、その一番の理由は魔法の研究のため。それだけの理由だった。

そんなキルシュには、組織に対する忠誠など微塵もなかった。

キルシュは黒服たちが見守る中立ち上がると、いっそう声を張り上げて命令した。

「さあ! 何をしているの! 早く動きなさい!!」

その命令を受けて動き出す黒服たち。しかし、一部の黒服たちは不安そうな顔をしていた。

そんな黒服たちの中の一人がキルシュに聞いた。

「あの、いいのですか?」

「ああ。あのジンの警告のこと? 別に気にする必要はないわ」

ジンの警告。それを無視してまで、今までの動きを貫こうとするキルシュ。そんなキルシュを突き動かしていたのは、ひとえに魔法に対する執着的な研究心。
そして、シェリーに対する執着心だった。

「しかし……」

小さく言葉を返す黒服にキルシュが告げた。

「それに今回の罠は、シェリーを対象にしたものじゃないから大丈夫よ。ほら! さっさとあなたも動きなさい!!」

いまだ戸惑いを見せる黒服の一人に、キルシュは早く動くよう命令を下したのだった。

 

 

「ジンの兄貴。キルシュのやつ、言う事聞きますかね?」

キルシュのいる魔法学研究所を出たところでウォッカがジンにそうたずねてきた。

「ふん。さあな」

ジンは興味なさそうにそれに答える。別にキルシュが言う事を聞こうが聞くまいがどうでもいいような様子だった。

一応、組織に隠れて動いているということで警告はしたが、どうもその理由はシェリーに対する私怨がらみ。正直ジンにしてみれば、バカらしくなるような理由だ。

「まあ言う事を聞けばそれでいい。聞かなければ、その時はそれなりの処罰を与えるだけのことだ」

「それにしても、ジンの兄貴。本当なんですかね? あいつが言っていたコトは」

あいつとは、キルシュの元から逃げ出してきた元部下。ジンに密告してきた情報提供者のことだった。

キルシュの扱いに対する不満から逃げ出したその部下は、ジンに二つのことを告げたのだった。

一つは、キルシュが組織に隠れてシェリーを追っているというもの。

そして、もう一つがそのシェリーが怪物を捕まえる魔法少女になっているというものだった。

その二つ目の内容の真相をたずねたウォッカに対し、ジンは鼻で笑った。

「バカか。大方、あのキルシュがシェリーを追いかける理由にするためにでっちあげたものに違いないだろうよ」

ジンがタバコに火をつける。口にくわえると吸い込んだ煙を大きく吐き出した。そうしてから、ジンは告げた。

「あの女はそんなことをするような女じゃねえよ」

 

 

そんなウォッカとジンのやりとりがあった翌日。

哀は博士の家の地下室のパソコンで作業をしていた。

(願い事か)

そんな中ふとヒョウちゃんの言っていた願い事のことが頭に浮かぶ。

(姉を生き返らせて、って頼んでも出来るのかしら?)

前回の獏(バク)の事件で姉のことを思い出した哀はそんなことを考えてしまう。

(そう、姉を生き返らせて……)

そして、また二人で仲良く暮らす。幸せな日々をすごす。

哀が願えばそれは出来る?

そんなことを想像した哀は、不意に池田安二郎のことを思い出した。

アンティークショップの事件で黒の組織に殺された老人。

その時も哀は考えたはずだ。この老人が生き返るように願ってみようか、と。

そして、そんなことは起こり得ないということも考えたはずだった。

(そう、よね……)

哀は思い直した。

もしかしたら哀が願えば、姉は生き返るかもしれない。だが……

それは、考えてはならないことだった。

どんなに望んでも、起こったことは変えられない。また、変えてはいけないはずだった。

(だったら、願い事どうしようかしらね?)

哀がつらつらとそんな事について考えていると、ヒョウちゃんが急に現れた。

「哀! 大変だ!!」

ヒョウちゃんが切羽詰った声で哀に告げる。

「最後のマジカルモンスターが現れた!!」

 

こうして魔法少女マジカル☆哀、最後の事件が幕を開けた。



NEXT


あとがき

はっはっは!! 探偵k、参上!!(ちゅどーん!!)

今回は大長編です。魔法少女マジカル☆哀、最終話をお送りします。

とうとう捕まえるべきマジカルモンスターが最後の一匹に。それをヒョウちゃんから告げられた哀。その時に、哀はヒョウちゃんから願い事を何にするかを聞かれます。
しかし、哀は願い事に全く興味がない様子。ヒョウちゃんは、願い事を決めるように哀に告げます。

一方、キルシュもまた何やら怪しげな動きを見せていました。そんな中、ジンがキルシュの研究所に現れます。
ジンは組織に隠れて怪しげな動きを見せるキルシュに警告すると、その場を立ち去ります。しかし、ジンの警告など全く気にせずにキルシュは黒服たちに命令を下すのでした。

その翌日。哀は博士の家の地下室で作業をしていました。

そんな中哀はヒョウちゃんの言っていた願い事について考えます。姉が生き返るように願ってみようかとも考えた哀でしたが、それを思い直します。

その時、ヒョウちゃんが現れ、最後のマジカルモンスターが現れたことを告げるのでした。

と、いったところで次回に続きます。

探偵kどのぉぉぉぉ!!!(前転ゴロゴロ)
たくさんの小説ありがとうございましたっっ!!!感謝しきれませんっ映画公開でコナンも盛り上がってます!みんなは毎週アップするので楽しみに〜♪
いよいよ魔法少女マジカル哀もクライマックスに入りましたねぇ
最終話ときいてかなり寂しいのでありますがこの大長編がこれまた映画のようにドキドキワクワクなのです♪
ジンの「あの女はそんなことをするような女じゃねえよ」はなかなかのセリフ・・・魔法少女になっちゃったけど(笑)

by akkiy