思わず哀はソファから立ち上がった。そして、博士の家の玄関の方へと必死に走っていく。
哀の動きに気づいて阿笠博士が哀を大声で呼び止めた。
「どうしたんじゃ!? 哀くん!!」
その声に返事を返さずに哀は靴を履くと玄関から外へと飛び出していったのだった。
魔法少女 マジカル☆哀 魔法少女よ 永遠に!? 中編その2
夜も遅い毛利探偵事務所。にもかかわらず、その事務所の電気はついたままだった。
その事務所内で、毛利蘭が事務所の電話を使って心配そうにあちらこちらとやりとりしていた。
「そうですか。いえ、こちらには今も歩美ちゃんは来ていません」
今、電話のやりとりをしているのは歩美の母親らしい。他にも、元太や光彦の母親ともやりとりをしていた。
蘭は歩美や元太、光彦と知り合いだ。当然、彼らの両親ともその関係で知り合っている。しかし、彼らの両親が持っている携帯電話の電話番号をお互い知り合っているわけではない。
なので、蘭は事務所の固定電話で歩美たちの両親とやりとりをしているのだった。
ちなみに蘭の父親である毛利小五郎は外に酒を飲みに出かけていてこの夜遅くになってもこの事務所に帰ってきていない。だから、蘭が応対しているのだった。
そんな蘭の様子を眺めながらコナンもまた心配そうな顔で考え込んでいた。
だいぶ前に歩美の母親から毛利探偵事務所の電話にかけられてきた一本の電話。その電話でコナンと蘭は歩美が夜遅くになっても自宅に帰っていないことを知ったのだった。
(どうしたんだろうな? 歩美ちゃん)
夜遅くまで出歩くというような事を明らかにしない性格だけにコナンもこの事態に困惑を感じる。
(なにか異常事態が起きているのだけは間違いねーだろうけどな)
どこか遠くに行き過ぎて迷子にでもなったのか、それとも、
(誘拐でもされた、とかか? いや、ないとは思うけどな)
そうして、コナンもあれこれと想像しつつ歩美のことを心配していると、事務所のトビラが叩かれる音がした。コナンと蘭がそれぞれ反応する。
「お父さんかしら。ちょっとコナンくん。トビラを開けてくれない? わたしは電話で忙しいから」
「うん。わかった」
コナンが大人しく答えて事務所のトビラを開けようとする。
(ったく……)
心の中で悪態をつくコナン。小五郎が酒を飲みに行った後で歩美が自宅に帰っていないと聞かされたので関係はないわけだが、こんな異常事態にお気楽に外で酒を飲んで帰ってきたであろう小五郎に不満を抱いたからだった。
コナンがトビラに向かう間にもトビラを叩く音は激しくなる。
「はいはい。今開けるぞ」
そうしてトビラを開けたコナンは、意外な人物を見た。
「は、灰原?」
コナンの前に居たのは、見知った赤みがかった茶髪の少女だった。
(どういうことだ? なんで灰原がここに?)
コナンは疑問を抱いた。なんでこんな夜遅くにも関わらず、灰原はここにいるのだろう。それに、さっき叩いていた激しいトビラの音は灰原が?
そんなことを考えていたコナンの胸に、灰原哀が飛び込んでくる。
「お、おいっ!?」
コナンが哀の思わぬ行動に動揺する。哀が必死の思いを込めたように叫んだ。
「助けて!! 歩美を助けて!!」
哀はコナンの胸の中で心の底を震わせるような大声で助けを求めたのだった。
「ちょっと灰原を博士の家まで送ってくるよ」
助けを求めてきた哀が落ち着いた様子を見せた後、コナンは蘭にそう言って外に出かける支度をした。
「コナンくん一人で大丈夫?」
蘭はそう言って心配そうな顔をした。なにせコナンも小学生である。歩美が帰ってこないという事態があることもあり、子供二人で行かせていいものかと不安になっているようだ。
「大丈夫だよ。そんなに時間はかからないし。さっき博士に連絡したから迎えに来てもらうから」
「そう。でも、それなら博士がこっちに来るまで待った方が−」
「それじゃ行ってきまーす」
蘭のしゃべる言葉を強引に遮って、コナンは哀の手をつかんで毛利探偵事務所の外へと出た。
階段を下りて事務所前の通りに出る。そのままコナンは、哀の手をつかんだまま博士の家の方へと歩き始めた。
「で、どういうことなんだ? 灰原」
コナンは歩きながら哀に話しかけた。哀は沈黙したまま答えない。
さっきよりは落ち着きを取り戻したものの、やはりいつもの冷静な態度と違って何か思いつめている様子がありありと見えた。
「さっき助けてって言っていたよな? 『歩美を助けて』って」
その言葉が放たれた瞬間、哀の身体がビクリと震える。
「オメー。歩美ちゃんがなぜこんな夜遅くになっても家に帰っていないのか、その原因を知っているんだな?」
コナンのその言葉は質問というより確認だった。
やがて、哀はぽつりぽつりと話し始めた。
「ええ。知っているわ。勝手なことはわかってる。でも、もう自分ではどうしたらいいかわからない。アナタに頼るしかないの」
「話してくれるか?」
「ええ」
コナンの問いかけに言葉短めに返事すると、哀は今までの経緯を話し始めた。
「アナタ。ワタシが魔法少女になったことは知っているわよね?」
「ああ」
「そして、マジカルモンスターと呼ばれている怪物を捕まえることをしていることも知っているわよね?」
「まあな」
コナンは哀の言葉を遮ることなくあいづちを打つ。
「黒の組織には、魔法、超常現象研究をしている魔法科学者がいるわ」
「なんだって?」
急に黒の組織のことに話が飛んでコナンが戸惑う中、哀は話し続ける。
「コードネーム『キルシュ』。年齢はおそらく30代後半。容貌はメガネをかけた知性あふれるキャリアウーマンといった感じの女。そして、」
と、そこで哀はコナンを見つめた。
「あのアンティークで起きた殺人事件の前の時にアナタが会った黒服の女が、その『キルシュ』よ」
「お、おい!! ちょっと待て!!」
次々と予想外の事が明らかにされ、コナンはとまどう。
(黒の組織の魔法研究者? コードネーム『キルシュ』? いや、そもそも哀はなんでこんな話を……)
と、そこでコナンは気づいた。
「おいっ! まさかっ!」
「アンティークショップの事件でワタシはマジカルモンスターを捕まえようとしたわ。そこで、横合いから魔法で襲われた。
その時は、確証がなかったけど、おそらく『キルシュ』の仕業ね」
「………」
「その後に、別の事件でワタシは『キルシュ』の罠に捕らえられて彼女と接触したわ。
その時はなんとかあの妙な生き物の力で逃げ出せたけど、もうこのマジカルモンスターがらみの事件に黒の組織が絡んできたのは確定的だった」
コナンは答えない。ただ黙って哀の話を聞いていた。
「そして、とうとう最後のマジカルモンスターを捕まえることになった。歩美も魔法少女をしていることはアナタも知っているわよね?
そうして、歩美は最後のマジカルモンスターを捕まえに向かって、そして、ワタシの時と同じように黒の組織と接触して、『キルシュ』に捕らえられてしまったの」
コナンは哀の話を聞いているうちに、とてつもなくまずい事態になってしまったことだけはひしひしと感じていた。
(歩美ちゃんが黒の組織に捕まった、だって!?)
そんなコナンに哀が懇願する。
「お願い!! 助けて!! 歩美を黒の組織から助けてほしいの!!」
コナンはこの事態がどれだけまずい状態かもわかっていた。だが、それをこれ以上顔に出すわけにはいかなかった。
そんなことをすれば、この重荷を抱えすぎた少女が、この一人で抱え込みがちな少女が、この必死になって助けを求めてきた少女が、安心することが出来なくなるからだ。
そして、少女は自分を責めるだろう。それを考えればそんなことをするわけにはいかない。
だから、コナンはふてぶてしく笑った。哀がその笑みを見て、すがりつくような表情を緩める。
「任せろ」
まずその一言を哀に告げる。そうしてから哀に言った。
「オレは名探偵だぜ? この事件だってなんとかしてやるよ」
哀が泣きながらコナンにすがりついてきた。
哀がひとしきり泣き終わった後、一緒に歩きながらコナンは哀から情報を聞き出そうとした。
哀が魔法少女の事件と黒の組織が関係していそうなことをコナンに話して聞かせる。アンティークの事件や、マジカルモンスターを餌にして魔法陣の罠をキルシュがかけてきたこと。
確証はなかったがヒュドラというマジカルモンスターが暴れた時の事件のこともコナンに話した。
他にも、黒の組織の魔法学研究者『キルシュ』について知っていることも哀は伝える。
そうして、ひととおりマジカルモンスターと黒の組織の関係していそうな情報を聞いた後、コナンは哀に告げた。
「ったく。ほんとオメーは一人で抱えすぎだよなあ」
哀は答えられない。自分でも思い当たることだったからだ。
「オメーはもっと人に頼るってことを覚えなきゃな」
哀に語りかけるコナンの口調は優しいものだった。
それが気恥ずかしくて、哀は思わずコナンに言葉を返していた。
「ふん。事件が起きるたびに一人で突っ走るアナタが何を言うのかしらね?」
この痛いところをつく哀の言葉にコナンはイヤな表情になったが、その後楽しそうに笑った。
「その調子だ。やっぱオメーは、そんな風にクールな口調で可愛くねーことを言ってる方がらしいぜ」
「可愛くないって何よ……」
コナンが使ってきた可愛くないという言葉に、思わず哀は不満を抱き口を尖らせる。
「でもよ」
「何よ」
「オレ、そんなオメーのことけっこう好きになってきたんだぜ」
そのコナンの自然な好きという言葉に思わず哀は動揺する。顔が熱を帯びるのが自分でもわかった。
「ふん」
哀は照れ隠しについそっぽを向いてしまう。
「はははっ!」
そんな哀の様子がおかしかったのかコナンは笑った。
コナンのその笑顔に哀は不安な心が解けていくのを感じていた。
そんな時、夜の闇の中を歩く二人に声がかけられる。
「おーい。哀くん。新一!」
哀とコナンを迎えに来た阿笠博士が二人の歩く道の先から手を振っていたのだった。
「それじゃ、今夜はボク博士の家に泊まるから」
コナンは、博士の家に着くやいなや蘭にスマホで電話をした。内容は、コナンが今夜博士の家に泊まることを告げるものだった。
歩美が黒の組織にさらわれた以上、なんとしても歩美をその手から救い出さなければならない。そのための相談を哀とするために今夜は博士の家に泊まる必要があった。
『そう。わかったわ』
この急な申し出に対して蘭は、了承の返事を返した。
そのことに少し意外だと思っていたコナンに蘭が真剣な口調で声をかけてくる。
『コナンくん』
「ん? なーに?」
『哀ちゃんをよろしくね』
この蘭の哀を心配する言葉にコナンは、顔を引き締めた。
『あんな取り乱す哀ちゃんってはじめて見たから。きっと泊まるのもそれが原因なんでしょ? だから、哀ちゃんを助けてあげて』
「うん。わかった」
神妙な顔でコナンは蘭に返事する。それから、別れの挨拶をした後、コナンは電話を切ったのだった。
そんなやりとりを横目で見ていた哀がコナンに声をかけてくる。
「泊まる了解はもらえたの?」
「ああ」
向こうの蘭の言葉は聞こえていないので、哀は蘭が哀を心配していることなど知るはずもない。コナンも特に伝えようとは思わなかった。
「博士もいいよな? オレがここに泊まっても?」
コナンは近くに居た阿笠博士に問いかけた。
「それは、別に構わんが、なぜ急に? まあ歩美くんがこんな時間になっても帰ってきていないので心配なのはわかるが、それなら別に毛利探偵事務所に居ても構わんじゃろ?」
阿笠博士はコナンが急に泊まると言い出したことに若干困惑しているようだ。
「ああ。それは、実は、歩美ちゃんが−」
「工藤くん」
哀がコナンが言い出そうとした言葉を遮る。コナンは哀を見た。
ゆっくりと哀が首を振る。博士に伝えるな、と無言で言っているのだ。
コナンは少し迷ったが、とりあえず今は伝えないことにした。
「いや、灰原の様子が少しおかしいから心配で、な。ちょっとそばにいてやろうと」
「ふうむ。そうじゃったか」
このコナンのとりあえずつけた理由に阿笠博士は納得した表情を見せたのだった。
「おい。灰原。なんで博士に本当のこと言わねーんだよ?」
あの後とりあえず二人で、博士の家のパソコンがある地下室まで移動した。地下室でコナンは哀に聞いてみた。
「歩美ちゃんが黒の組織にさらわれたって非常事態なんだぞ? 今は人手が多い方が−」
「それで、どうやって説明するのよ? 歩美が魔法少女をやっていて、そのせいで黒の組織にさらわれました、って? 信じてくれるわけないでしょ?」
それは確かにそうである。あまりに荒唐無稽な話だ。
「だがなあ」
コナンはそれでも渋っていた。なにせ阿笠博士は黒の組織について知っている数少ない協力者でもある。その協力が得られないのは、少し痛い。
「ワタシたちでなんとかするしかないわ。あの妙な生き物の力も借りて……ね」
哀は真剣な表情でそう話を締めくくった。
そして、コナンと哀はヒョウちゃんとフェンバルを呼び出した。
どういう理屈かはわからないが、いつも哀が呼べばヒョウちゃんがそのそばに現れる。
今回も虚空にむかって呼びかけた哀にヒョウちゃんが現れた。そばには、魔法少女プリティ歩美のサポートをしているフェンバルもついている。
フェンバルは疲れた顔をしていた。ヒョウちゃんも珍しく神妙な顔をしている。
「手がかりは見つからなかったのね?」
「ああ。すまない」
「いろいろやってはみたんだけどなあ。ちょっとダメだった」
哀の質問にフェンバルが謝る。ヒョウちゃんも難しい表情で結果を報告した。
と、そこでヒョウちゃんがこの場に居るコナンについて聞いた。
「で、なんでコナンがここにいるんだ?」
「協力を頼んだのよ。魔法少女のことも知っているしね。それに今は人手が多い方がいいわ」
ヒョウちゃんの質問に哀が答える。フェンバルがうなずいた。
「そうだな。今はネコの手も借りたい状況だ」
そうして、哀たちは歩美を助けるための相談に入った。
まずコナンがフェンバルに歩美が黒の組織にさらわれた時の状況を聞いた。
フェンバルがコナンに状況を伝えていくが、その状況を聞き終わった時、コナンが複雑そうに告げた。
「それ。歩美ちゃんが連れ去られた後、その連中をこっそり尾行すればよかったんじゃねーか?」
「あっ!」
フェンバルが気づいたように声を上げる。その後、悔しそうな顔をした。
いったんその場から逃げ、歩美が連れ去られた後、連中のアジトまでこっそりと尾行する。
そうしておけば少なくとも歩美がどこに連れ去られたかは突き止めることができた。
フェンバルがとても悔しそうにする。こんな簡単なことも思いつかなかったことに対する自分への怒りのようだった。
「ま、過ぎたことはしょうがねーけどよ」
コナンはフェンバルをそう言って慰めた。
と、哀が思いついてヒョウちゃんとフェンバルに聞く。
「そういえば、さっきもワタシが呼んだらこの場に現れていたけど、その能力を使って、歩美を助けることは出来ないの?」
呼んだらなぜか近くに現れるという謎能力で歩美を助けられないのかと聞いた哀だったが、二匹はこう答えた。
「ああ。それかあ。今回はちょっと無理だな。」
「そうだな」
無理だという二匹に哀が疑問をぶつける。
「なぜ?」
「前にも言ったと思うけど、魔法だって万能じゃないからなあ」
「ちなみにその呼んだら近くに現れるというのはこういう魔法の仕組みになっている」
フェンバルが説明した。
呼びかけた者の近くに現れる。一見簡単そうに行っているが、仕組みとしてはこうだ。
まず近くに現れるためには、現れる者がその呼びかけた者との間に魔力のラインがつながっていなければならない。
ヒョウちゃんの例で言うと、哀とヒョウちゃんは魔法少女の契約をかわした。あれが一種の魔力のラインになっている。
そして、哀が呼びかけた時のかすかな魔力をヒョウちゃんが感知。それを元に、米花町上空に張り巡らされた魔力探知ネットワーク、レインダムネットワークで位置情報を照合。
その後、哀のそばに出現する。こういう仕組みである。
「でも、ワタシが呼びかけなくてもこの妙な生き物は近くに現れたこともあったけど?」
「まあ呼びかけがなくても出現はできるが、すこし時間がかかる。魔力で位置を特定する精度も落ちるしな。
後、場所がもうわかってるんならその場に出現すればいいだけだからな」
「じゃあ、歩美の場合はなぜ無理なの?」
「その魔力で位置を特定する探知魔法が機能してないからだ」
と、そこで哀はフェンバルが探知に失敗したと言った時に、告げた単語を思い出した。
「隠蔽魔法?」
「そうだ。魔力による探知を阻害する隠蔽魔法。それをたぶん使われているのだろうな。おかげでまったく歩美の位置が魔力で特定できないんだ」
「そう。それじゃあ、魔法による歩美の位置の特定は不可能に近いということね」
そして、ここまで二匹が手がかりを見つけようとしたにもかかわらず、まったく見つけられていないことから考えても魔法で歩美を見つけるのは無理のようだった。
「と、なると魔法に頼らずに歩美を見つけ出すしかないわね」
哀がアゴに手を当てて考え込んでいると、コナンがふと気づいたように言った。
「そういえば、オメー。歩美ちゃんのこと、『歩美』って呼ぶようになったんだな。前は、『吉田さん』だったろ?」
コナンに指摘されて、哀はハッとした。確かに自分は歩美のことを『歩美』と呼んでいる。
前までは確かに『吉田さん』だった。
「なんかあったのか?」
「別に何もないわ。ただ……」
自分にとって吉田歩美は大切な存在である。本当は18歳である自分と小学一年生である歩美。それでもやはり哀にとって、吉田歩美は心の中心に居座るようになったらしい。
それをあの夢が気づかせてくれた。だからかもしれなかった。
「ただ?」
「なんでもないわ。それより、今は歩美を助けないと」
そのことをコナンに伝えることはできたが、哀は秘密にしたかった。だから話題を歩美を助ける方向に戻したのだった。
その後もああでもない、こうでもないとコナンと哀は話し合った。
相手が黒の組織とはいえ、さらわれた以上これは誘拐事件でもある。
ならば警察に事情を通報するということも考えられたが……
「歩美がさらわれた現場を見た目撃者はフェンバルよ。そのフェンバルが警察に事情を説明するわけにもいかないわ」
「そうだな」
哀にコナンが同意する。
オオカミの妖精であるフェンバルが警察に事情を説明するわけにもいかない。
そして、さらわれた現場を見た目撃者が居ない以上、この歩美の事件は失踪事件になってしまうのだった。
いずれ歩美の母親は警察に失踪届を出すだろう。そうすれば警察も動く。
しかし、歩美が黒の組織にさらわれたということを知らない警察は、大規模に捜索を開始こそするだろうが、黒の組織が関わっているという事実に気づくことはないはずだった。
「まあさらわれた現場を見た目撃者をオレか灰原にでっちあげることもできなくないが、オレはその時別の場所に居たから無理だしな」
「そうね。ワタシなら大丈夫かもしれないけど、なぜこんな時間になるまで警察に通報しなかったのか?
とか、その現場にいた時どうしていたのかとか、細かい事情を聞かれると面倒ではあるわね」
それにその現場に居なかったのに、居たとでっちあげるわけである。つじつまがあわずボロが出てしまう可能性もあった。
「警察に歩美ちゃんが黒の組織にさらわれたと知ってほしいところだが、ちょっと難しいかもな」
と、ここで、フェンバルが口を挟んできた。
「確かコナンと哀だったな。ちょっと聞きたいことがあるのだが……」
「何?」
「今まで黙って聞いていたが、お前たちはあの歩美をさらった連中の正体を知っているのか? 黒の組織とか言っていたが……」
と、ここでコナンは気づいた。そういえば、コナンと哀の黒の組織がらみの事情をヒョウちゃんとフェンバルは知らないのだった。
当然、コナンと哀が元は17才と18才の年齢であることも知らない。薬で小さくされたことも。
その事情を説明しようかと、少しコナンが悩んでいると哀が答えた。
「ええ。知っているわ」
「灰原!?」
哀はコナンを見やると肩をすくめて告げた。
「仕方ないわ。もうここまで来た以上、この二匹にはワタシたちの秘密を説明するしかないわよ」
「お前たちの秘密だと?」
フェンバルが哀の言葉にいぶかしげな顔をする。
「ええ。ワタシたちの秘密。事情。そして、歩美をさらった連中のこと。全てを話すわ」
そうして、哀はフェンバルとヒョウちゃんに話していなかった全てを語り始めた。
哀がフェンバルとヒョウちゃんに自分たちの秘密を語り終える。
その秘密を聞いたフェンバルはやや呆然としていた。
「お前たちが本当は17才と18才で、薬の力でその小学生の姿になっただと?」
「ええ」
「いや、小学生にしては大人のような思考や言動をしているからな。それを目の当たりにして驚いていたのだが、まさかそういう事情があったとはな」
フェンバルはコナンや哀との接点がない。今までもあまりお互い話しているわけではないので、コナンや哀の大人びた思考や言動と触れる機会が少なかった。
なので余計に驚いたのだろう。
一方、ヒョウちゃんの方はあっけらかんと答えていた。
「はあ。なるほどなあ。どうりで妙に大人びた言葉使いやクールな言動が多かったわけだ」
そんなあまり驚いた様子を見せていないヒョウちゃんにフェンバルが興奮したように詰め寄る。
「お前な。これがどれだけ凄いことか。わかってないのか!? 科学の力で若返りの薬を作り出したんだぞ!!
魔法だって、若返りをしようとすればとてつもなく複雑な工程を踏まなきゃいけないっていうのに!!」
「まあその薬は失敗作だけどね」
哀が複雑そうな顔で答える。そう、その薬は黒の組織では毒薬として使われている。哀の意図しない使われ方として。
「そんなことより、今は歩美のことよ」
だから、哀は本題に話を戻した。歩美を助ける話に。
フェンバルがうなずく。
「ああ。わかった。それにしてもその黒の組織とやらはそれなりの組織力がある、と考えていいのだな?」
「ええ」
「なら歩美を助ける時には慎重に行かないとな」
「問題はその歩美のさらわれた居場所をどうやって見つけるのかということよ」
人手を使って捜索しようにも警察には事情を頼めない。哀たち二人と二匹では、あまりに人手が少なすぎる。
かといって魔法による探知は相手の隠蔽魔法により不可能に近い。てがかりもない。
コナンがやけになったように叫んだ。
「ああ!! くそっ! 歩美ちゃんが発信機でも持っていればいいのに!!」
と、そこで哀とコナンは同時に気づいて叫んだ。
『DBバッジ!!』
慌ててコナンがフェンバルに詰め寄る。
「なあ歩美ちゃんこのくらいの大きさのバッジを持っていなかったか!? DBって文字が形作られたヤツだ!!」
詰め寄られたフェンバルはやや戸惑いながらもコナンの質問に答える。
「ああ。魔法少女をする時にはたいていいつも持っていってたぞ。なんかお気に入りのバッジのようだったな」
「よしっ!!」
コナンが快哉の言葉を上げる。
DBバッジ。超小型トランシーバーが内蔵されているバッジで少年探偵団は仲間同士の交信に使っている。しかも、その機能はそれだけではない。
発信機能付きなのだ。しかも、その発信機能はコナンの犯人追跡メガネと連動している。
問題は、歩美ちゃんがそのDBバッジの電源を入れているかどうかだが……
「あった!! 反応があったぞ!!」
犯人追跡メガネの機能をオンにしたコナンのメガネに光点が映る。
この様子を見ていたフェンバルが不思議な顔でコナンにたずねる。
「どういうことだ?」
「歩美ちゃんの居場所を見つけたんだよ!」
「なんだと!!」
フェンバルが驚く中、哀が叫んだ。
「なら今すぐ歩美を助けに行きましょう!!」
そうして、地下室から出て行こうとした哀をコナンが止める。
「待て! 灰原!!」
「何よ! すぐにでも歩美を助けに行かないと!!」
クールな仮面をかなぐり捨てて叫ぶ哀にコナンが冷静に告げる。
「相手は黒の組織。しかも、そのアジトのひとつだ。準備をしていかないと歩美ちゃんを助けられないぞ。幸い明日から土日で学校は休みだ。時間はいくらでもある」
コナンが告げた事実に哀は押し黙る。哀も黒の組織の恐ろしさを知っている。だから反論できなかった。
「じゃあ、どうするのよ?」
「そうだな。まず歩美ちゃんが今居る場所の特定。それから、その建物の構造の把握。それから救出作戦を立てないとな」
「そうね」
「だから、まずは歩美ちゃんの現在地を確認しに行くぞ。今から向かおう」
「ええ」
哀はコナンの言葉にうなずいた。
こうして、哀とコナン、そして、ヒョウちゃんとフェンバルの、二人と二匹はコナンの犯人追跡メガネの情報を元に歩美が捕らえられている現場までおもむいた。
暗闇の中コナンが傍にいるフェンバルとヒョウちゃんの魔力で宙を飛ぶ。魔法少女に変身した哀がその後を飛ぶ。
フェンバルとヒョウちゃんに指示を出しながら、空を飛んできたコナンはやがて歩美が捕らえられている建物を見つけ出した。
「あそこか」
コナンがつぶやく。
まだ起きている人間がいるのか、建物は部屋の灯りに照らし出されている。
闇の中、上空からその建物の姿を確認したコナンたちはその灯りを元に気づかれないように建物やその敷地の構造をスマホで写真に取っていく。
「よし、この辺でいいだろ」
そして、コナンたちは救出作戦を立てるべくこの場から博士の家へと戻ったのだった。
大阪。自宅の家で寝ていた服部平次はスマホの音で叩き起こされた。
「なんや。こんな時間に?」
寝ぼけながらスマホを取った平次の耳に切羽詰まった声が聞こえてくる。
「服部か!! ちょっと頼みがある!!」
かけてきたのはコナンだった。なにやら興奮した口調だ。
「なんや、工藤か? 後、頼みって何や」
「まずお前の部屋のパソコンをつけてくれ。持ってたよな?」
「ああ。持っとるけど」
「いいから早くつけてくれ。頼む」
「お、おお」
立ち上がった平次が自分の部屋のパソコンの電源を入れる。OSが立ち上がり画面が点灯する。
「パソコンなんぞつけてどうしろっていうんや?」
平次がつぶやいた時、パソコンの画面がなぜか点滅し出した。
「は?」
そして、パソコンの画面が大きく輝き出す。
「な、なんやあああああ!?」
平次はその現象に驚きの声を上げた時、それは起こったのだった。
あとがき
はっはっは!! 探偵k、参上!!(ちゅどーん!!)
といったところでマジカル☆哀最終話中編その2をお送りしました。
夜の闇の中、外へと飛び出した哀。向かった先はコナンの居る毛利探偵事務所でした。
そこで、哀はコナンに歩美を助けてと泣きつきました。事情を知ったコナンも歩美救出に乗り出します。
ああでもない、こうでもないと相談を繰り返していた哀、コナン、ヒョウちゃん、フェンバルですが、DBバッジの発信機能のおかげで歩美の居場所の特定に成功。
そして、歩美の居場所の確認を行った後、哀たちは救出作戦を立てようとします。
一方、大阪で寝ていた平次はコナンから電話を受け取ります。「パソコンをつけろ」と言われてつけるとパソコン画面が光りを放ち、その現象に平次は驚いたのでした。
ちなみに、この話で出てきた哀が「吉田さん」から「歩美」に呼び名が変わる展開はこの小説のオリジナル展開です。
マンガの原作では、とっくに「吉田さん」から「歩美」に呼び名が変わる展開があり変わっていますが、この小説では前回の小説まで一貫して哀は歩美を「吉田さん」と呼んでいました。
哀が「吉田さん」と呼んでいたことにそこまで意味があるわけではなかったのですが、この最終回では哀に歩美を「歩美」と呼んでほしいこともありこういう展開になっています。
まあ原作と呼び名の展開がちょっと違うと思う人もいるかもしれませんが、この小説のコナン世界と原作のコナン世界はパラレルワールドのようなものと解釈をしてもらえると幸いです。
さて、それでは次回から後編に移ります。
探偵k様ぁぁぁぁ
はいっ分かってましたとも吉田さんから歩美に呼び方が変わった事も!そして流れから察知しましたよ〜♪
これはこれで良いですな〜♪(孫たちを見る目線で語る/笑)
なにより ちょこっとでも平次が出てくれて嬉しい〜♪今年の劇場版も平次の活躍が嬉しいよ〜(まだ現時点で見れてないけど)
ヒョウちゃんもフェンちゃん(ちゃん付け?)哀ちゃん達の秘密をとうとう知ってしまいました。そして歩美ちゃんの場所も・・・・
さあ無事に歩美ちゃんを助けられるのか二人と二匹あんど平次!(笑) by akkiy