少女は、苦しそうにベッドでうなり声を上げていた。
身体の調子でも悪いのだろうか、少女は何度も何度も寝返りをうつ。
少女の顔色が苦しそうにゆがむ。赤みがかった茶色の髪は、汗で額に貼りついていた。
「ダメッ!!」
彼女は、悲痛な叫び声を上げてベッドから跳ね起きる。
呆然としたように周りを見回すと、隣で寝ている阿笠博士の姿が見えた。
少女は、自分を落ち着かせるかのように大きく息をつく。
「嫌な夢ね…」
少女、灰原哀は、小さくつぶやいた。

魔法少女 マジカル☆哀 魔法少女やめます!?

「やめさせてもらうわ」
「やめる〜!!!!!??」
「ええ。そうよ」
灰原哀は、驚くヒョウちゃんに魔法の試験管を差し出した。
いつもの博士の家の地下室。そこで、哀は唐突に魔法少女をやめる宣言をしたのだった。
「どうしてだあ!せっかく魔法少女の活動も軌道にのってきたというのに!」
「めんどくさくなったのよ」
哀はそっけない言葉でヒョウちゃんに返事する。
「めんどくさくなったって、じゃあ、願い事はもういいのか?」
「いいわよ。どうでも…」
「そ、そんなあ!!」
ヒョウちゃんが納得できないと言いたげに口を大きく開ける。その様子を、哀は、平然と横目で見ていた。
哀が魔法少女をやめる理由。それは、もちろん「めんどくさい」という理由ではない。
それは、黒の組織が原因だった。
魔法学研究者『キルシュ』。そのキルシュがマジカルモンスターの事件に絡んできたのである。
キルシュの目的はわからない。しかし、キルシュは魔法少女マジカル☆哀にちょっかいをかけてきた。
哀は思う。
(もう魔法少女なんてことをしているわけにはいかない)
姿が元に戻っている時間は明らかに危険なのだ。しかも人々に目立つようなことを…
黒の組織が関わってきた以上、哀は魔法少女を続ける気はもうなかった。
人は哀を臆病者というかもしれない。しかし、哀は黒の組織のことを知りすぎていた。
彼女が心配するのは、自分の知人に危害が加わること。その生活を壊してしまうこと。
もし、自分の周りに危害が及んでしまえば、もはや取り返しのつかない事態になるのだ。
哀は納得できないヒョウちゃんを放って、部屋を去ろうとした。そんな哀にヒョウちゃんが声をかける。
「待ってくれ!哀!哀が魔法少女をやめたら、あいつに出番を奪われるじゃないかああ!!」
そこで哀ははっと気づいた。
(そうだったわ)
哀の心をよぎったのは、もう一人の魔法少女プリティ♪歩美の姿だった。
哀はまだいい。魔法少女をやめればそれで済む。コナンも知ってはいるが、積極的にマジカルモンスターを退治しようとは思わないだろう。
しかし、歩美は積極的にマジカルモンスター退治をしているのだ。そして、黒の組織のことを知らない。
このままでは、歩美と黒の組織がいずれ出会ってしまうことになるのだ。
(それは、どうしても避けなきゃいけないわ)
哀は、少し眉をひそめた。
 
 
(でも、どうしたらいいの?)
学校の授業中、哀は歩美をちらりと見た。
歩美は、授業にまじめに取り組んでいる。その様子をみながら、哀は考え込む。
(なんとかして歩美を魔法少女から手を引かせないといけないわ)
そう、なんとかして歩美に魔法少女をやめさせないといけない。そうしなければ、歩美にいずれ黒の組織による危害が及ぶ。
でも、歩美は自ら進んで魔法少女をやっているのだ。哀が言ったからといって魔法少女をやめるだろうか?
(でも、やめてもらわねばならないわ。歩美のためにもね)
哀は、歩美の姿を見ながらそう思った。
 
 
「灰原さん。話ってなに?」
学校の休み時間、哀は「二人きりで話がしたい」と、歩美を呼び出した。
その場にいた元太やコナンたちは、この呼び出しに不思議そうな顔で顔を見合わせていた。
「魔法少女のことで話があるのよ」
哀は歩美に向かって平静に話を切り出した。
「あ、魔法少女の話だったんだ。だから、二人きりで話がしたかったんだ」
「そう」
「うん。わかったよ。で、話って?」
哀は一呼吸置くと、冷静な声で問いかけた。
「あなた、魔法少女やめる気ない?」
「え?」
「どう?やめる気はない?」
「え、なんで?」
歩美は疑問の顔で哀を見返す。その顔を哀は真剣な顔で見つめた。
「やめる気はないの?」
「ないよー!なんでそんなこと聞くの?灰原さん」
歩美の質問には答えず、哀は真剣な顔のまま次の言葉を切り出した。
「あなた、魔法少女をやめた方がいいわ」
「え!?」
「魔法少女なんてしてても意味無いわ。やめた方がいいわよ」
「なんでそんなこと言うの!?灰原さん!!」
歩美が怒ったように口を尖らせる。それに対し、哀は氷のような冷徹さで言葉を口にした。
「魔法少女をしても、願い事がかなえられるとは限らないでしょ?それに、元はと言えば、レインダムがマジカルモンスターを逃がしたのよ?それをわたしたちが捕まえなきゃならない道理はないじゃない」
「で、でも!」
「もう一度言うわ。あなたは魔法少女をやめるべきよ」
その一言を言うと、哀は黙り込んだ。歩美は戸惑っているのか言葉を発せずにいる。
(そう、あなたには魔法少女をやめてもらわなきゃいけないの)
歩美は知らない。黒の組織の存在を…。哀は知っていた。黒の組織の恐ろしさを…。
黒の組織の恐ろしさを知る哀は、どうしても歩美に魔法少女をやめてもらわねばならなかった。
黙々と時間が過ぎていく。哀は歩美の返事をただ黙って待っていた。
「やめないよ」
歩美が決意をこめて哀を見据えた。
「コナンくんのお嫁さんになりたいっていうのもあるよ。でも、わたしはフェンちゃんの役に立ちたいし、みんなの役に立ちたいんだもん!だから、やめないよ!」
「やめなさい!あなたには、魔法少女をやめてもらわなきゃいけないのよ!」
「やめないったら、やめないんだもん!灰原さんのバカ!もう知らない!」
きびすを返すと、歩美は哀の元を去っていく。哀はその場に黙って立っていた。
歩美の姿が見えなくなると、哀はため息を一つついた。
そのため息の音が消えるか、消えないかという時、哀を呼ぶ叫び声が響いてきた。
「哀ーーーーーーーーー!!」
哀がくるりと振り返る。そこには、ヒョウちゃんがいた。
「何よ?」
「哀!!マジカルモンスターが現れた!!」
ヒョウちゃんは、真剣な顔でそう叫んだのだった。
 
 
哀は眉をひそめてつぶやいた。
「マジカルモンスターが?」
「そう、現れたのだあ!だから、今すぐ変身するんだ!哀!!」
ヒョウちゃんが、哀に今すぐ変身するよううながした。
が、しかし…。
「パス」
哀は即答した。
「え?」
「言ったでしょ?わたしは、魔法少女をやめたのよ。変身はしないわ」
「な、なんでだあ!!前のパルルンの時にも変身しなかったんだぞ!!変身しない魔法少女なんているわけないじゃないかあ!!」
ヒョウちゃんが大声を上げる。哀は、そんなヒョウちゃんには構わず歩き出した。
「おい!待ってくれ!哀!!変身するんだあ!!」
「……」
「おい、哀ーーーーーーーー!!」
ヒョウちゃんの叫び声を聞き流しながら、哀は教室へと戻っていった。
 
 
哀が教室へと戻ってくる。その時には、授業が開始されていた。
自分の席へと、哀は戻る。コナンや元太たちがちらりと哀を見た。
そして、哀はさっきまで話していた少女の席が空席だということに気がついた。
「あれ?吉田さんはどこにいったのかしら?」
担任の先生が、いない歩美のことを気にかける。
(行ったのね。マジカルモンスター退治に…)
哀は心の中でつぶやいた。
おそらく、あのオオカミのフェンちゃんとかいうのに言われて、マジカルモンスターを退治に出かけたのだろう。
哀は自分の席へと座ると、ため息をついた。
(まったく…)
魔法少女をやめるよう説得してはみたものの、歩美は受け入れてはくれなかった。
そして、今、魔法少女として、マジカルモンスター退治に行っている。
(まったく、強情なんだから…でも…わたしは、魔法少女はやめたのよ。もうわたしには、関係ないわ)
哀は自分に言い聞かせた。
(そう、わたしにはもう関係ないのよ)
そう心の中でつぶやく哀の表情は、ただ淡々とした表情のままだった。
 
 
「くっ!」
「きゃあっ!!」
フェンバルとプリティ♪歩美が叫び声を上げる。一人と一匹は、雷光に襲われ身構えた。
プリティ♪歩美たちの目の前にいるのは、雷色の翼を持った巨大な大鷲。アメリカ先住民族の伝説に出てくる巨鳥、サンダーバードである。
サンダーバードは、その巨大な雷色の翼を振るわせ、無数の雷を巻き起こす。その雷の嵐の前に、プリティ♪歩美は杖を振るうことが出来なかった。
「くっ!プリティ・ハート・イリュージョンが使えない!!」
「どうするの?フェンちゃん!」
「なんとかスキをついてプリティ・ハート・イリュージョンを使うんだ!それしかない!」
フェンバルのアドバイスを受けて、プリティ♪歩美がスキをうかがうが、無数に飛んでくる雷の前に逃げ回ることしか出来ない。
辺りの電信柱や信号機に雷が直撃し、次々と倒れていく。
「プ、プリティ・ハート…!」
プリティ♪歩美が強引にプリティ・ハート・イリュージョンを放とうとしたとき、サンダーバードの目が光った!
ドオーン!という轟音とともに目から放たれた雷は、プリティ♪歩美を直撃する!
「きゃあああああ!!」
「大丈夫か!!歩美!!」
「う、うん。平気だよ」
雷の直撃を受けたプリティ♪歩美は、焦げ臭い匂いをさせながらもなんとか無事であった。
「くっ!いくら耐魔法コーティングしているとはいえ、こんな雷を何度も食らっていたらもたないぞ!」
フェンバルが叫ぶ間にも、サンダーバードは雷の轟音を響かせ、無数の雷を発生させる。その姿は、まさしく雷の化身にふさわしいものだった。
「どうすればいいの?フェンちゃん。このままじゃ…」
「サンダーバードが雷を使うのに消耗して、へたばるのを待つんだ。無尽蔵に雷を使えるはずじゃなかったはずだ」
「うん!わかった!」
とはいえ、サンダーバードは無尽蔵に雷を放出できるのではないか、というほど、辺りに雷を撒き散らしている。それを前にプリティ♪歩美はなすすべがなかった。
サンダーバードを牽制しながら、雷を避けていくプリティ♪歩美。電気特有のビリビリした刺激が空気中に充満するなか、プリティ♪歩美は心の中でつぶやいた。
(灰原さん。助けに来てくれないのかな…)
魔法少女をやめるべきだ、と言われて、つい怒ってしまったが、それを歩美は後悔していた。
(灰原さんにひどいこと言っちゃったもん。助けに来てくれないよね。きっと)
歩美がそう心の中でつぶやいたとき、フェンバルの叫び声がした。
「歩美!危ない!!」
プリティ♪歩美がはっとする。気がついた時には、雷がプリティ♪歩美の目前に迫っていた。
(あ、また当たっちゃう…)
プリティ♪歩美が身構えた時、雷は縦に二つに切り裂かれた。
切り裂かれた雷はプリティ♪歩美を避けて通り過ぎていく。プリティ♪歩美は、雷を切り裂いた人物を見た。
「大丈夫?吉田さん…」
「灰原さん!!」
そこには、マジカルロッドを持ったマジカル☆哀の姿があった。
 
 
「はっはっは!!真打は最後に登場するものなのだあ!」
ヒョウちゃんが楽しそうに笑い声を上げる。その様子を見て、フェンバルがヒョウちゃんに向かって非難の声を上げた。
「遅いぞ!ヒョウレン!何やってたんだ!」
「あれ、フェンバル?まさか俺の助けを待ってたのかあ?」
「まさかそんなわけないだろう!お前の助けなんか誰がいるか!」
「まあまあそう言うな。助けてやるからさ!」
「いらん!」
にやにやと笑うヒョウちゃんとフェンバルが口ゲンカを始める。
それを横目に、マジカル☆哀は、もう一度プリティ♪歩美にたずねる。
「大丈夫?吉田さん…」
「うん。大丈夫だよ」
「そう、ならいいわ」
歩美の返事に納得すると、マジカル☆哀はサンダーバードに向き直った。
「あれが、今回のマジカルモンスターね?」
「うん。そうだよ」
「わたしが雷を食い止めるわ。その間に、あなたは、プリティ・ハート・イリュージョンで攻撃して」
マジカル☆哀はプリティ♪歩美に向かって淡々と指示を出す。
「あの、灰原さん」
「なに?」
「ごめんね。あのとき、バカだなんて言って」
プリティ♪歩美がしおらしく謝る。それに対して、マジカル☆哀はくすりと笑った。
「ねえ。吉田さん。あなた魔法少女やめる気はないんでしょ?」
プリティ♪歩美がマジカル☆哀を見る。哀の口元には、柔らかな微笑みがあった。
それを見てプリティ♪歩美は、元気よく答えた。
「うん!だって、歩美、魔法少女好きだもん!!」
「そう…しかたないわね…」
マジカル☆哀はためいきをついた。
しかし、それは、どこか優しさを含んだため息だった。
「行くわよ!」
「うん!」
マジカル☆哀が飛んでくる無数の雷をマジカルロッドで必死に食い止める。その間に、プリティ♪歩美は、プリティステッキを振りかざした。
「プリティ・ハート・イリュージョン!!」
ちゅどーん!
七色の光線がサンダーバードに直撃して、打ち倒される。それを見て、歩美は快哉の言葉を上げた。
「やったあ!!」
「っ!?歩美!まだだ!」
フェンバルが歩美に警戒をうながす。サンダーバードはプリティ・ハート・イリュージョンを受けたにも関わらず、その巨大な雷色の翼を動かし、再び飛び上がった。
「そんな!!」
歩美が驚く。しかし、そのとき、間を置かず、飛び上がったサンダーバードにへと接近する人影があった。
「これでとどめよ」
「マジカル・ハート・アタックだああああ!!」
近づいたマジカル☆哀が爆弾を投げつける。
どっかーん!
化学反応によって起こされた熱風と衝撃がサンダーバードを包み込む。サンダーバードは、マジカル・ハート・アタックの追撃を受けて、悲鳴を上げながら倒れこんでいった。
「よっしゃあ!」
「よし、片付いたな」
ヒョウちゃんとフェンバルがお互い安堵の声を出す。
「さて、ふっふっふ」
「なんだ。ヒョウレン。その笑い声は…」
「こっちがとどめ刺したんだし、マジカルモンスターはこっちがいただくからなあ!」
「なに!?いままで苦労したのはこっちだぞ!」
「はっはっは!さあ!哀!さっさとマジカルモンスターを吸収するんだ!」
「くっ!させるか!ヒョウレン!」
フェンバルが険悪な顔になって、笑うヒョウちゃんを睨み付ける。
ぎゃあぎゃあと二匹がケンカする中、マジカル☆哀はプリティ♪歩美にたずねた。
「どうする?吉田さん?」
「灰原さんでいいよ。だって、灰原さんわたしを助けてくれたもん」
「そう」
一言ぽつりと言うと、マジカル☆哀は魔法の試験管でサンダーバードを吸収する。
「あーーーーーーー!!」
それを見て、フェンバルは叫び声を上げた。
「はっはっは!マジカルモンスターはこっちがいただいた!!」
「くっ!ヒョウレン。貴様あああああ!」
「行くぞ。マジカル☆哀!」
「待てえ!ヒョウレン!!」
ヒョウちゃんが飛び上がる。それをフェンバルが追いかけた。
二匹の追いかけっこを見ながら、マジカル☆哀はプリティ♪歩美に言った。
「わたしたちも行くわよ。吉田さん」
「うん!」
二人の魔法少女が同時に飛び上がる。そして、その場から去っていったのだった。
 
 
学校へと戻ろうする中、ヒョウちゃんとフェンバルは言い争いをしていた。プリティ♪歩美がそんな二匹にケンカをやめるよう声をかける。
その様子を見ながら、哀は思った。
(まったくバカらしいわね)
二匹の言い争いは途絶えることなく、エスカレートしている。その様子を哀は淡々と見ていた。
(でも、結局変身してしまったわね)
灰原哀は、マジカルモンスターを退治しようとした歩美のことを見捨てようとした。しかし、結局出来なかったのだ。
(これで、また危険性が高まったことになるわね)
そう、今はまだよかったが、いずれキルシュがまた襲撃をしかけてくるかもしれない。哀が魔法少女に変身するたびにその危険性は高まるのだ。
(そうね。歩美は魔法少女をやめる気はない。なら…)
哀の心の中に決意が浮かぶ。
(なら、早急にマジカルモンスターを全て捕獲するしかないわ)
そう、歩美が黒の組織に会う前に全てのマジカルモンスターを捕まえる。それしか方法はないのだろう。
「こんなバカ騒ぎさっさと終わらせるわ」
哀は、二匹の言い争いを眺めながらそうつぶやいたのだった。


魔法少女10へ

あとがき
はっはっは!探偵k、参上!!(ちゅどーん!!)
というわけで、マジカル哀の新作をお送りしました。
唐突に発せられた哀の魔法少女やめます宣言!
しかし、哀は思い直し、改めて魔法少女をやることを決意したのでした。
ふう。しかし、危ないところでした。なぜなら、哀に魔法少女をやめられては、この小説が成立しなくなるからです。いや、まったく。
さて、次回もがんばって書き上げます。それでは、また!


探偵Kさまぁぁ!!(突進!/ぇ)
早速の続き嬉しいですっウキウキでイラストなんて書いてしまいました(笑)
今回ので歩美ちゃんて大人になっても明るくてかわいくて絶対もてそうだななんて思いました(爆)
もちろん我らが哀ちゃんはさらにその斜め上を行く存在なので魔法少女をやめてもらっては困ります。
まさか黒の組織がここからかかわってくるとは・・・奥が深い(爆)

次回も楽しみです〜!!探偵K様ありがとぉぉ!!(^▽^)ノ by akkiy(久々に絵を描いたけど・・・もっとリハビリしないと・・;;;)